第三話 美少女(4)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/24

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 有楽町にあるラジオ局から突然、呼び出しを受けた。スタジオには野口久美子とそのマネージャー、ラジオ局のディレクターらがつめている。ノクミはムッとしていた。何かぴりぴりとした険悪な空気が漂っている。
 春から彼女のラジオ番組が始まる。三十分間の一人語りで、初回収録の日だった。当時は年少アイドルのフリートークなんてありえない。構成作家が台本を書いていた。
〈こんばんわ、野口久美子です。さて、もう春、四月といえば新学期だけど、私は……〉といった調子である。
 これを彼女は拒否した。こんなの自分の言葉じゃない、嘘だ。もう、しゃべりたくない。「絶対にヤダ!」が始まった。完全に口を閉ざしてしまう。
 マネージャーは必死で説得し、中年男性のディレクターは目を赤くしていた。放送日の直前だ。このままでは番組が中止になってしまう。
 急遽、私が相手役を務めることになった。フリートークの番組になったのだ。
「ねえ、久美子ちゃん、好きな言葉ってある?」
「えーっとねー、私の好きな言葉は……」
 ちらっとブースの向こうでタバコを吸うディレクターを見て、言う。
「……禁煙!」
 ディレクターは急にせきこみ、慌ててタバコをもみ消した。
 国江さんは手を叩いて喜んでいる。

 

 四月になった。野口久美子は中学二年生になり、もう十三歳だ。大河ドラマが始まって、戦国時代の幼い姫君役で一気にブレイクした。
 写真撮影の日である。
 篠川実信はさすがだった。
 最初は古いお屋敷で白いレースのブラウスにリボンでお人形を抱く……典型的な“美少女”像を撮る。打って変わって、公園へと行って「走れ、走れ!」と声をかけた。ノクミは走る。走り廻る。キャッキャと歓声を上げ、滑り台やジャングルジムを駆け抜けた。
 世間が野口久美子にイメージする美少女と、その対極にある内なる足の速い子供とを、撮ってみせたのだ。彼女はすぐに篠川に気を許した。この写真家は、自分の子供の部分を解放してくれる、味方なのだ。即座に、そう直観したようだった。
 しかし……。
 気がつくと、公園に子供たちが群がっていた。
「ノクミだ」「野口久美子だ」「大河ドラマのお姫様だ」と大騒ぎしている。彼女の顔が急にこわばった。元気な子供の姿が一瞬にして消え、無表情になる。どこか脅え、青ざめていた。
 子供たちの一人が近づき、サインをねだる。
 ダメダメダメ! と誰か飛び出してきた。国江さんだ。血相を変えている。両腕を広げ、立ちはだかると、ノクミを守った。すごい剣幕で「シッ、シッ、あっち行け!」と子供たちをにらみつけ、追い払う。必死で、自分の大切な宝物を奪われまいとするように。
 借り切った児童館のプールへと移動した。水着撮影とはいえ、セクシャルなものではない。スクール水着である。それでも彼女は恥ずかしがって更衣室から出てこない。女性マネージャーが説得し、スタイリストの女性が自分も水着になってプールに飛び込んだが、ダメだった。
 遠城透がやってくる。
「遠城さんがまず裸になって泳いだら、ノクミは出てくるんじゃない? だって、ほら、天下の美少女と水着でツーショットが撮れる、絶好のチャンスですよ」
 私がそう言うと「えっ、そうかい?」と満更でもなさそうだ。児童館のプールには子供用の海水パンツしか売っていない。それを買うと、遠城氏は更衣室へと入った。
 出てきて、びっくり。想像以上に超ムキムキの筋肉のかたまりで、下半身は子供用の海パンでぴっちり、もっこりしている。その場が爆笑の渦に包まれた。
 何事? と扉を開けて、とうとう野口久美子が出てくる。スクール水着姿だ。胸なんかぺったんこで完全に子供体型だった。
 遠城氏に近づき、その裸体を見ると「オエッ!」とひと声上げ、舌を出して、プールへ飛び込んだ。美少女とのツーショット撮影が叶わず「なんだよ!」と落胆した遠城氏も、プールに飛び込み、追いかけるようにバタバタと水をかいた。

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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