第三話 美少女(5)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/04/25

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 中野駅の近くの図書館へと通い、原稿を書いた。風の公園のベンチで音楽を聴いて、二か月ほどで完成する。
「何ですか、これは!」
『ノクミ語録』の表紙見本を手に取って、私は声を荒げた。野口久美子が笑っているバストアップの表紙写真だ。約束が違う。彼女の美しい顔をどアップで表紙にしようと話したではないか。
「いや、その……篠川先生にそのことを伝えていなくてね、後で気づいて、頼んだら、いや、撮り直しはできないって言われちゃったんだ」
 国江さんは、しどろもどろに言う。
「えっ、何? 忘れてたんですか!」
 国江さんは「すまん」と呟き、うつむいた。
 カッとなった。
 何が実存だ。実存少女だ。ドストエフスキーだ。アラブの少女ゲリラ兵士だ。小難しいことばっかこきやがって、このおやじ、単にロリータに夢中になって、仕事を忘れて、遊び呆けていたのか? ふざけんなよ!
「もう、ダメです。本来ならこの本は無しにしたいぐらいだ。けど、これは野口久美子の本なんだ。無しにするわけにはいかない。だから、せめて僕の名前をはずしてもらいます」
 えっ、と国江さんはこちらを見た。
「これは、もう僕とは関係のない本だから」
 国江さんは目を真っ赤にして、打ちひしがれた犬のような表情で、ぶつぶつともらし、私をなだめようとする。
「いや、絶対にダメです!」
 ああ、なんということだろう。知らずと私は、あの「絶対にヤダ!」に感染していた。彼女の言葉を編集する内に、いつしか捕われていた。侵食されていた。甘い餌で小動物を飼い慣らす、狡猾な智恵の大人であるはずの自分が。罠を仕掛けたつもりが、罠にはまっていた。すっかり侵されていた。そう、“絶対”という少女の病いに。
 私は野口久美子に“少女”を感染(うつ)されたのだ。

 

 二年が過ぎた。
 昭和が終わり、平成が始まった。
 その春、私は少々昂揚している。気分が浮き立っていた。自作の小説がテレビドラマ化されるのだ。初めての経験である。
『ガールズ泥棒』という物語だ。女の子二人組が東京中のかわいいもの、オシャレなものを盗み出す、寓話である。
『ノクミ語録』の出版後、一気に書いた。例の中野の図書館に通い、風の公園で音楽を聴きながら。野口久美子の発言集をまとめたことの明らかな成果である。自分の耳に棲みついた女の子の声を聞き取って、物語にしたのだ。
『ノクミ語録』と『ガールズ泥棒』の印税で中野のボロアパートを脱出した。阿佐ヶ谷のマンションへと引っ越す。経済的に……いや、精神的にも救われた。少女によって、少女の言葉を書きとめることによって、どうやら私は危機を脱したようだ。

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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