第三話 美少女(9)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/05/01

 中野駅を降りて、線路沿いを歩く。図書館を探した。呆然とする。それは、もう古い木造建てではない。ぴかぴかの近代的な建物に生まれ変わっていた。
 当然だ。私がここに通ったのは、はるか三十年も前のことである。
 あたりを散策した。見つからない。ここかな? あの風の吹きすぎる場所は、高層マンションに姿を変えていた。
 バス停のベンチに腰掛ける。
 街路樹を、つぼみをつけた桜の木を、じっと見つめていた。
 桜の木の下には死体が埋まっている、と書いた小説家がいたものだ。
 すると、どうだろう。
 美少女の下には、何が埋まっているのか?
「美少女やったノクミちゃんが、こんな大人になるやなんて、驚きやなあ。そやけど、いや、ほんま、世界に通用する美女やで」
 先日のバラエティー番組で関西系の芸人司会者は、そう感嘆していた。
 世界に通用する――。
 ああ、あの人もそう言っていた。
「世界に通用する人になるんだ、ノクミ。こんな小さな島国にいちゃダメだよ。君の真価はここじゃ発揮できない。まず、英語を勉強すること、いいね? そうして、この国を飛び出して……世界を変えるんだ! 絶対に。革命戦士になるんだよ!!」
 ぽかんとして聞いている。十二歳の少女は。意味わかんない、という顔で。
 それでも国江さんは、何度もうなずき、目を潤ませ、彼女に本を手渡した。ドストエフスキーの小説と、英会話の入門書を。
 少女はその本を読んだのだろう。そうして、やがて英語が達者になり、この国を飛び出して、本当に世界で通用する美女となった。
 ……妄想かな?
 ぼんやりと街路樹をながめながら、そんなことを思う。
 美少女の下には……中年男の死体が埋まっている。
 やがて私もそこへ、埋まり、永遠に眠ることになるのだろう。

 

 平成最初の春の日のことを想う。
 風の公園だ。
 今はもうないその場所の片隅のベンチにぽつんと座り、夕暮れの空を見つめながら、私は一人、音楽を聴いていた。
 目を閉じて、夢想する。
 六本木のレストランの扉が開いた。まるで弾丸のように誰か、飛び込んでくる。
 女の子だ。慌てて駆けてきたため、顔を真っ赤にしていた。
「えりちゃん、おめでとう!」
「ありがとう、久美子ちゃん」
 二人は抱き合って、大はしゃぎしている。手を取り合って、飛びはね、くるくると旋回していた。その姿が輝きを放つ。
 音楽が次第に高鳴る。
 その後、私はアイドルや女優、モデル、タレント等、たくさんの女の子たちに会った。だが、今となっては、はっきりとこう断言できる。あの時の二人ほど、美しい少女はいない。絶対に。過去にも、そしてこれからも。
 勇を鼓して、私は二人に近づいてゆく。声をかける。
 ねえ、一緒に写真を撮ろうよ。
 右側に野口久美子、左側に宮川えり、真ん中は私だ。
 今はもういない、いや、これからも決して現れはしない、美少女たちにはさまれている。
 ああ、そうだった。やっと気がついた。
 これこそが私の人生の最高の時、至福の瞬間なのだ。
 夕闇があたりをおおう。
 耳を澄ますと、ビートルズが。
 『イエスタデイ』の旋律が聴こえてきた。

 

(第三話・了)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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