最終話 東京の黄昏(1)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/05/07

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 赤い大きな太陽だった。
 アサヒだな。
 すぐにわかった。
 私はいまだにパソコンを持っていない。スマホのみだ。フェイスブックに登録せず、ツイッターのDM(ダイレクト・メッセージ)を開放している。時折、そこに昔の知人から連絡が来ることがあった。
 その日もDM欄にメッセージが届き、太陽の写真が送信されてきたのだ。荒野に浮かぶ赤い太陽、どこか異国の地のようである。
〈ごぶさたです! 今でもこんなの撮ってます〉
 発信先のアカウント名は〈MURAI〉とある。
 ああ、やっぱり彼か。
 村井アサヒと初めて会ったのは、いつのことだったろう?
 そう、一九八五年だ――。
 その年、私は二十五歳で、“新人類”と呼ばれていた。「新人類のリーダーたち」――注目の若手クリエイターを紹介する週刊誌のそのページに出たおかげで、いささかの脚光を浴びたのである。
“新人類”仲間が集って、呑むことがあった。
「なあ、あいつから連絡来た?」
「来た、来た、やばいよなあ、あいつ……サギ師でしょ」
「うん、絶対に会わないほうがいいぜ」
「ああー、あの……アサヒとかいう奴?」
 既にその悪評は広がっていた。“新人類”の誰彼となく声をかけ、手当たり次第に売り込んでいるらしい。
「もしもし、中野さんですか? はじめまして! ボク、写真家の村井と申します。村井アサヒです。実は、ご相談があって、突然、連絡さしあげたんですが……」
 遂に私のもとへも電話が来た。仲間からの警告を思い出し、口ごもる。向こうは、お構いなしにしゃべり続けていた。
 電話の声は、明るく快活だったが、一方的で押しつけがましい。こちらのことなど察することもせず、ひたすら有無を言わさぬ……といった調子だ。
 なんとか話をさえぎって、どこで私の電話番号を? と訊いた。
「ええ、はい、○○さんから会ってみたらいいよと、この番号をお聞きして」
 さる出版社の出版部長の名前を出す。かつてお世話になったことのある人物だ。
 あの人の紹介なら、まあ、いいかな……と思った次第である。

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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