最終話 東京の黄昏(1)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/05/07

 よく晴れた春の午後だった。
 六本木交差点のアマンドの二階へ行くと、窓際の席の男が片手を上げている。
 近づいてみて、驚いた。
 テーブルいっぱいに紙片が並べられている。太陽、太陽、太陽……赤い大きな太陽を撮った写真たちだった。
 ウエイトレスがコーヒーを運んできて、置き場に困って、目を丸くしている。
 あ、ごめん、と男は一枚の写真をどけて、わずかなスペースを作った。
「中野さんですよね? はじめまして!」
 名刺をもらった。

 

「朝日」専門写真家
村井アサヒ
(新人類)

 

 これは参ったな。こちらの予想のはるか斜め上を行っている。「新人類」なんて肩書きの名刺を初めて見た。
「だけど『朝日』専門写真家っていうと、新聞社の所属かと思われるんじゃないですか?」
 そう、ねらいなのよ、それ……と男は指を鳴らして、ニヤッと笑った。
「いっそ、朝日新聞社から訴えられたらいい。覚悟の上っすよ。ニュースになって、名前も売れるしね」
 まともな感覚ではない。常識の通用しない相手のようだ。注文したアイスコーヒーが来て、私はのどをうるおした。
 目の前の男を観察する。
 テクノカットで、もみ上げが無い。ひょろりとして、面長の青白い顔で、目つきが鋭い。全身、黒のデザイナーズブランドでかためていた。見ようによっては、ぎりぎり二枚目なのかな? でも、笑って歯をむき出すと、どこか卑しい気配があらわになった。
 はい、これ、と男はテーブルの写真の一枚をこちらに手渡す。
 海の上に浮かぶ赤い太陽、その空の部分に殴り書きのような文字があった。
〈朝日は、一つの新聞社のものじゃないぞ! オレたちみんなのものなんだ!!〉
 絶句する。
「これ、新聞記者の人に見せたら、びっくりしてましたよ、ははは」
 そりゃ、そうだろう。男は、自分の言葉にウケて、愉快そうに笑っていた。
 見ると、それぞれの写真には殴り書きの文字がある。
〈昇る朝日は、地球の裏側じゃ、沈む夕日だ! イエ~イ>
〈生きてるだけで大儲け! おてんとうさんに大感謝!!〉
〈太陽が、オレの恋人だ。ラブ・アンド・ピース!〉
 なんだ、これ? ポエムなのか、格言なのか、人生訓なのか? どれもありきたりで、どこかで聞いたようで、しかも、絶妙にダサい。
 弱ったな。失笑するしかない。
「ほら、ただの太陽の写真じゃつまんないっしょ~。言葉を加えることによって、ボクのオリジナリティ……や、オレ流のクリエイティブになる」
 吹き出しそうになった。こいつ、マジで言ってるのか?
「写真の専門学校に行ってたんだけど、一週間でやめました。あんなとこで学ぶことは何もない。写真は技術で撮るんじゃない、そう、ここ――ハートで撮るんだって」
 いつしか経歴を語り始めている。私より二歳上で、埼玉県出身、専門学校を中退して、アルバイトを転々とした……等々。
 ある日、夜明かしして、朝日を見る。その美しさに、心を撃たれた。これだ! と直観して朝日の写真を撮り始めたという。
「朝日」専門写真家の誕生だ。“村井アサヒ”と名乗り、一か月ほどで東京二十三区すべての日の出写真を撮った。
 ある一枚は下町の軒先から、またある一枚は西新宿の高層ビル群を背景に、さらにある一枚は隅田川の向こう側に昇る太陽を撮らえている。
「東京タワーの写真はないんですね」
 中野ちゃん、いいとこに気づいた、と指を鳴らす。いつの間にか「ちゃん」づけだ。
「東京タワーの向こう側に昇る朝日は、取ってあるんだ。これからバイクで全国を廻って、日本中の朝日を撮るのよ。そうして、最後の一枚は、東京タワーを撮る」
 得意気な顔で笑った。卑しさが消えている。無邪気な少年のような笑顔だ。
 案外、いい奴なのかな? どう考えても、バカだけど……。
「それで、さて、中野センパイにお願いがあるんです」
 急にかしこまって言う。
「本を出すんです。そう、写真集。日本中の朝日の写真を集めて……『ライジング・サン』ってタイトルで。そこで序文を書いてほしい。そのー、新人類仲間として」
 おいおい、新人類仲間って!? 心外な気持ちを抑えて、私は訊く。
「で、どこの出版社で出すんですか?」
 それなのよ、と男は小さく首を振る。
「中野さん、どっかいい出版社、紹介してくれませんか?」

 

 なんだかもう腹も立たなかった。世の中には、いろいろな奴がいるもんだな、と呆れただけだ。
 アマンドを出て、別れて、ふと振り返った。外苑東通りをとぼとぼと歩く男の後ろ姿が……その向こう側に、東京タワーが見える。
 空を見上げて、私は太陽を探した。

 

 その後、何度か男から電話があった。朝日の写真を撮り続けているという。
 どこかの田舎街、わらぶき屋根の向こうに昇る朝日の写真を送ってきたりもした。
〈この国のどんな片隅の街も、太陽は見ている……ディスカバー・ジャパン!!〉
 殴り書きされていた。
 中野くん、村井アサヒとつきあいがあるの? と週刊誌のデスクに訊かれた。あいつ、やたらあちこちに売り込み歩いていて、中野秋夫は大親友だ、コラボして写真集を出す予定だって、吹きまくってるらしいよ。
 マジか? 参ったな。勘弁してくれよ。
 はっきりと拒絶しなかったのがいけなかった。いや、自分でも薄々、気づいている。そう、私はあの手の男に弱いのだ。

 

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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