最終話 東京の黄昏(3)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/05/09

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

「中野くん」
 後ろから肩を叩かれた。
 旧知の出版部長が笑っている。
 出版社での打ち合わせを終え、帰ろうとしたロビーでのこと。
「時間、ある?」
 うなずいて、カフェへと行った。
「最近、ご活躍じゃない」
 部長の笑顔が懐かしい。こうやって、さし向かいで話すのは、久々だ。
 少々老けたかな? 髪に白いものが混じり、目の下のたるみが目立つ。私より二十歳は上のはずだ。
 五年前、二十歳でライター・デビューした私に、すぐに声をかけてくれた。とにかく会いたいと言われ、何度か酒席を共にする。私の話に「面白い、面白い」とうなずいていた。
 どうして、僕のことを? と訊いたら、マイナーな情報雑誌の片隅の小さなコラムを目に留めたという。わざわざ編集部に電話して、私の連絡先を訊いたとも。
 すぐに雑誌の連載企画を決めてくれた。
 こんな人は初めてだ。うれしい、というよりも、なぜに? という疑問のほうが先走った。
 出版まわりの知人にこの件を話すと、えっ、○○って、あの○○さん!? と驚かれた。
 六〇年代の青年雑誌で大活躍した、伝説の編集者だという。今では巨匠と呼ばれる著名な写真家やデザイナー、イラストレーター、劇作家らは「みんな無名時代に、あの人が発掘したんだよ」と興奮して言った。
 驚いた。部長は私の前では一切、そんな話はしない。
 今となっては、よくわかる。
 無名の頃、声をかけてくれた何人かの編集者がいる。みんな抜群に優秀だった。
 まず、勉強熱心だ。常に新しい書き手を探している。さらに、行動力がある。すぐに連絡してきて、会いたいと言う。そうして、決断力がある。無名の書き手に原稿依頼や、連載の発注をする。
 最後に、情熱がある。デスクや編集長に反対されたが、大熱弁して、実は新人ライターの企画を通した……と後で判明する。書き手の前では、一切、そんなことは言わない。
 情熱が……秘めた情熱がある。
 名前が売れた後で、近づいてきたのは、それとは正反対の編集者たちだった。
 ろくに原稿も読まないで「ほら、あそこでやってたあんな感じのを、うちの雑誌でも」という物言いをする。恥ずかしくないのか。オリジナリティもプライドも皆無だ。売れてるから寄ってきただけだ。そのくせ「あいつは俺が育てた」とあちこちで吹聴しまくっていた。
 まったく逆に、名前が売れると、最初に声をかけてくれた編集者たちは、そっと離れてゆく。何も言わないで。こちらから連絡しない限り、もう近づいてこない。
 目の前の部長がそうだった。
 ああ、そうか。この人の紹介だから、私はあの男に会ったのだ。
「……アサヒ? ああ、あいつか? “朝日”専門カメラマンの」
 部長は思い出したようだった。
「会ったの? 面白いでしょう」
 どこが! と思ったが、こらえた。
「あいつはなあ……」
微笑みながら言う。
「ダメなんだよ……いい奴なんだけど」

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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