最終話 東京の黄昏(3)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/05/09

 サギ師だって言われてますよね、と告げると「とんでもない」と首を振った。
「サギ師だったら、ちゃんと売れてるよ」
 マジ顔で言う。
「今じゃ先生と呼ばれてる有名カメラマンたちだってさ、もっとひどかった。けど、サギ師だとしても、連中は一流のサギ師だったよ。まず、自分をだますことができたから……」
どういうことだろう。
「中野くん、アサヒの目を見たかい?」
 えっ?
「おどおどしてるだろう。自信満々でしゃべってるように見えて、目が泳いでる。サギ師ってのは、相手の目をまっすぐ見て、話すもんだよ」
 絶句した。
「カメラマンなんて、まあ、はったり商売さ。最初はね。写真が少々上手くったって、売れやしない。ド下手でも、売れる奴は売れる。売れて、場を与えられて、撮ってる内に、なんとかなる、そんなもんだ」
 どこか確信に満ちていた。
「けどなあ、はったりを打つ時に、そいつの器っての? そう、人間性が出るんだよなあ。アサヒの場合は……やさしすぎる」
 意外な言葉だった。
 でも、なんで私と会ったらいいと、彼に言ったのだろう?
「うん、そう言った。だって、あいつ……中野くんたちと真逆でしょう?」
 部長はタバコに火をつけると、一服、吸った。
「初めて中野くんと会った時、驚いたよ。頭はいいし、言葉は次々と出てくるし、当意即妙でね。何より、アイロニー? 人に言われる前に、先取りして、自分を笑ってみせるような皮肉が、新鮮だった。あれは私たちにはもちろん、全共闘の連中にもなかったものだ」
 懐かしそうに言う。
「新人類世代っていうのかな? けど、アサヒは違う。まっすぐでさ、バカみたいでさ、こいつ正気か? 恥ずかしくないのか? って、思わなかった?」
 言うとおりだった。
「逆に新鮮だったんだ、私には。中野くんと最初に会った時に、そうだったように」
 複雑な気持ちになる。
「あいつは時代に合ってない。おかしいよ。けどなあ、いつまでもこの時代が続くわけじゃない。むしろ、時代にぴったり合った奴こそ、消えていくんだ。その時代が終わったら……」
 衝撃を受けた。私のことを言っているのか? 新人類の旗手として、今、この時代にぴったり合った中野秋夫のことを。
 部長は、さっと目をそらした。
「似てるんだよ」
 えっ?
「実は、アサヒと中野くんは」
 何を言っているか、わからない。さっき真逆だと言ったばかりではないか。
「アサヒは、おどおどしてる。目が泳いでいる。でも、よく見ると、その瞳の奥に、一瞬、きらっと光るものがあるんだ」
 部長はタバコをもみ消す。
「まあ、年寄りの印象論だと思って、笑って聞いてよ。中野くんの頭のよさや、言葉のたくみさや、アイロニー? そう、先取りして自分を笑う皮肉の新鮮さで……私は買ったんじゃない。そうやって何重にも武装して、隠してるけど……その奥に、きらっと光るものがある。恥ずかしいぐらい、まっすぐで、バカ正直なものが。そう、アサヒと同じような……」
 部長は腕時計を見ると、「おっと、もう行かなきゃ」とレシートを手に立ち上がり、レジのほうへと歩いていった。

 

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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