最終話 東京の黄昏(4)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/05/10

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 時代なんて、ぱっと変わる。あの日、部長が言っていたとおりだ。
 いつまでもこの時代が続くわけじゃない。
 理屈ではわかっていても、実際、それを体感するのとは大違いだ。そう、時代と共に「消えてゆく」人間としては……。
 年が明けると、がらっと空気が変わった。新人類ブームは終わった。去年まではチューハイが大流行して、イッキ! イッキ! と大騒ぎしていたのに……今年は、ピュア・モルトがトレンドだそうだ。〈新人類は消えた 本物の大人の時代到来〉という広告コピーを見た。
 一九八〇年代は、時代が加速していた。去年まではエリマキトカゲだが、今年はウーパールーパーだ。新奇なもの、珍しいものを、次々とマスメディアは発見して、一瞬の光を浴びせ、やがて消費していった。新人類もまた、そんな使い捨てられた珍獣の一種だったのだろう。
 かつて「新人類のリーダーたち」に登場した若くて新奇な才能たちも、次々と姿を消した。私自身がそうだ。あれほど殺到した仕事もなくなり、群がったマスコミ業界人たちも逃げるようにみんな去っていった。
 時代にぴったり合った奴こそ、消えてゆく、その時代が終わったら……か。
 事実は単純で、残酷なものだ。
 それでも私は原稿を書いた。数少ない依頼をこなした。自分には、これしかできない。逃げる場所なんか、どこにもない。
 あっという間に二十代が過ぎている。
 昭和が終わり、平成が始まった。
 一九八〇年代回顧なんて特集記事を見ると〈バブル時代に、新人類が踊った〉てな見出しがあって、苦笑する。そんなわけはない。八〇年代なんて、地味なもんだ。実際は。
 バブル爛熟期といえば、一九九〇年だろう。もちろん当時は「バブル」なんて誰も思っちゃいない。いつまでも続く異様な好景気だと勘違いしていた。弾けて、初めてそれが「バブル」だった、と気づく。そういうものだ。人はそんなに、かしこくはない。
 東京湾岸に巨大なディスコがいくつもできた。人々は毎夜、踊り明かした。銀座の広告代理店まがいの出版社では、大学生のバイトくんがランチの寿司代ウン万円の領収書を切ったとか、新入社員が呑み屋でタクシー券をばらまいてるとか、ちょっとどうかしてる“景気のいい”話を聞いた。
  タイアップとか、キックバックとか口走り、編集者はエディターに化け、雑誌のことを「媒体」とぬかす輩が出没する。広告費、一冊数億円のぼったくりブランドムックを創り、地味な出版の世界を抜けて、空間プロデューサーに転身する。
 空間プロデューサー! 空気のカンヅメじゃあるまいし。信じられないかもしれないが、そういうインチキ商売がかつてたしかにこの国に存在したのだよ、平成生まれの諸君。
 そういう時代(とき)だった。一枚のカードが届いた。金ぴかの紙を使っている。
 刻印された文字を見ると
〈ASAHI・MURAI〉とあった。

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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