bw_manami
2019/05/13
bw_manami
2019/05/13
「いやあ、それにしても驚きだよなあ」
新聞記者は言う。
写真展の会場から一緒に流れた。唯一の見知っていた顔だ。同年輩の文化部の記者である。
一ツ木通りのバーのカウンターで並んで呑んだ。
「あの、いんちきアサヒがねえ、まさかこうなるとは……」
記者は首を振って、苦笑いした。
「いったい、どういうことですか?」
「えっ、知らないの、中野さん」
早耳のブン屋氏は、うれしそうに講釈してくれる。
「逆玉に乗ったのよ」
「逆玉?」
「うん、都内にビルをいっぱい持ってる不動産王の娘でね、あいつより五歳上かな? どういうわけか惚れられた。一人娘が四十路近くなるのに、結婚しないんで、親父も困っていた。娘は娘で、父親が勧める実業家みたいな男は嫌だ、うん、そう、芸術家コンプレックスって言うのかな? その娘の前に我らが村井アサヒが現れたというわけ」
へえ、そういうことだったのか。
「あっという間に二人は結ばれた。まあ、入り婿だな。娘にとっちゃ、ああいうタイプの男は新鮮だったんじゃないか? あのさ、アサヒっていんちき臭いでしょう」
それはそうだ。
「さっきの会場にいた連中だって、みんないんちきだよ。一流の奴は一人もいない。中野さんだってわかると思うけど、一流の写真家とか、アーティストとか、実はみんな地味じゃん。生活とか着てる服とか態度とか、そういうので派手に見せる必要なんかない。わかるよね? けど、何も知らない人にとっちゃ、ああいうド派手ないんちき臭いアーティストもどきのほうが本物らしく見える、という皮肉な逆説ね」
鋭い批評だった。
「で、まあ、不動産王の娘と結婚して、アサヒはパトロンを手に入れた。今の東京の地価高騰なんて、もうめちゃめちゃでしょう。アメリカ大陸がいくつも買えるとか? 奴は莫大な資産を自由にできる御身分だ。あぶく銭をジャブジャブつぎ込んで、世界中を飛び廻り、ゴージャスな朝日の写真を撮りまくってるという次第」
ただ、もううなずくだけだ。
「なんかさ、港区に自分専用のばかでかい写真スタジオを建設中らしいよ」
唖然とする。
「そういう時代なんだよなあ、今は。ニセ金のほうが本物より輝いてる。あいつはうまくこの時代に乗ったんだよ」
記者は呆れるようにもらした。
「ライジング・サン、か。けどさ、昇る朝日は、いつか沈むだろ」
冷やかに言う。
「いつまでもこの時代が続くわけじゃない」
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