最終話 東京の黄昏(7)
中森明夫『東京トワイライトエイジ』

bw_manami

2019/05/15

​東京の黄昏を生きるすべての世代のために!  昭和/平成グラフィティー。
アイドル、ライター、カメラマン、作家、エディターたちが繰り広げる、あのころの物語――。
『東京トンガリキッズ』の中森明夫が贈る渾身の青春小説、連載開始!

 

 

 千駄ヶ谷の裏通りをうろうろしていた。会食の場所に指定されたのは、初めて行く店だ。隠れ家的なビストロだという。なかなか見つからない。
 迷路のような小道をさまよい歩き、通りを一本出ると、住宅街で場違いな建物に出っくわす。ぴかぴかのビルだ。思わず、見上げた。ハーフミラーの窓に太陽の光が反射している。未来都市の神殿のような壮観さだった。
 入口の大理石に刻まれた文字を見る。
〈セイント出版〉
 唖然とした。
 こんなことになっていたのか……。
 高山走と初めて会ってから、十年が経過している。あの日、訪ねた雑然した部屋、大学の部室のような“出版社ごっこ”の遊び場が、今や見違えっている。私は目をこすった。
 その後、セイント出版はベストセラーを連発し、高山走は若者たちのカリスマになっている。若き成功者として彼の姿を、テレビや雑誌でよく見た。
 二十一世紀に入って、ゼロ年代も後半だ。
 明らかに街の風景も一変している。
 書店と雑貨屋を組み合わせたような店が次々とできて、並んでる本も毛色が変わっていた。左開きの横書きで、写真ページが多い。大きな活字で自己啓発ポエム的なフレーズがぱらぱらと載っかっている。高山走のフォロワーや、セイント出版の亜流ばかりだ。
 その一冊を手に取り、ながめていると、こんなフレーズが目に留まった。
〈昇る朝日は、地球の裏側では、沈む夕日なんだ〉
 えっ!
 海の上に浮かぶ赤い大きな太陽の写真ページだった。
 慌てて、表紙を見たが、知らない著者の名前である。プロフィール欄には、金髪の若い女性の顔写真が載り、〈フォト・ポエマー〉とあった。
 ……なんだ、違うのか。
 二十年以上も前に、喫茶店のテーブルの上で見せられた写真と殴り書き文字を思い出す。
 ああ、あいつのセンスは早すぎたのかな?
 時代に合わない。いや、時代より二十年は先行していた……。
 バカな、と首を振って、苦笑する。
 こんな凡庸なフレーズなんて、いつの時代の誰にでも思いつくことだろう。
 あいつは、どこへ行ったのか?
 随分、前に〈バブル怪人たちのその後……〉という週刊誌のワイド特集記事の一本で、ちらりと見かけた。
〈金満写真家・村井アサヒの“落日”〉――不動産王の娘の逆玉に乗り、ド派手な写真展を開いて、スタジオを建設中にバブル崩壊、不動産王ともども経済破綻して、多額の借金を背負い逃亡中……とあった。例の写真展のオープニング・パーティーでの意気揚々とした男の写真が載り、“全盛期のアサヒ氏、今はいずこ?”とキャプションが添えられている。
 インターネットで検索しても、なかなか出てこない。〈村井アサヒ〉の経歴は、九〇年代初頭でぷつりと途切れていた。
 ため息をつく。
 太陽を見失ったような気分だった。

 

(つづく)

東京トワイライトエイジ

中森明夫

作家/評論家。三重県生まれ。1980年代から、ライター、エディター、プロデューサーとしてさまざまなメディアで活躍。著書に、『アナーキー・イン・ザ・JP』、『東京トンガリキッズ』、『アイドルになりたい!』などがある。Twitter:@a_i_jp
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