akane
2019/05/17
akane
2019/05/17
えっ!
「朝日じゃない、夕日なんだ、この写真は」
愕然とする。
「名前を変えたんだよ、俺」
そういうことだったのか。検索しても、出てこないわけだ。
「昔、朝日を撮った場所を、もう一度、廻って、今度は夕日を撮っている」
なるほど。私は口を開く。
「〈昇る朝日は、地球の裏側じゃ、沈む夕日だ〉、か」
ぱっと男の顔がほころんだ。
「よく覚えてるねえ」
恥ずかしそうに笑う。
「まあ、俺も、今や夕日の年齢だしね」
ひとり言のように呟いた。
「中国の上海とか、深センとかへ行くと、よくわかるよ。ああ、朝日はこっち側なんだなってさ。そう、東京はもう……夕日だよ」
ぽつりと言う。
「東京の黄昏だ」
男が、目でテーブルの上を示した。
「そこのカメラを……」
おずおずと手を伸ばして、一眼レフを持ってみる。意外と軽い。
「俺の武器だよ。これで世界中を廻って、戦ってきた」
言葉に、どこか含みがある。
「気がつかないか?」
えっ。首をひねる。
「シャッターを押してみな」
言われて、そうしようとして、とまどう。
あれっ……どういうことだ。シャッターボタンが左側にある。サウスポー用? そんなカメラってあるんだろうか?
思えば、目の前の男は、ずっと左手でフォークを持ってパスタを食べていた。
左利きだっただろうか?
奇妙な感情がのどもとにこみ上げてくる。
なぜか、それまで下に隠していた右手を、初めて男はテーブルの上に乗せた。
白い手袋の指の部分にふくらみがない。空洞のようだ。
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