健康診断後のホッピー&カツカレー
酒場ライター・パリッコのつつまし酒

パリッコの幸福論

 

「本がすき。」をお読みのみなさま、初めまして。パリッコと申します。「酒場ライター」なる肩書きで、雑誌やWEBに、お酒や酒場に関する雑文を書かせてもらっている者です。

 

強いて専門分野をあげるならば、赤ちょうちんや縄のれんからイメージされるような「大衆酒場」。関東を中心に、たまに遠征したりしながら、夜な夜な気ままに酔っぱらっています。

 

ただ、開き直りみたいでお恥ずかしいんですが、「老舗と呼ばれる名店には一通り足を運んでいる」とか「日本全国津々浦々の良い酒場情報は網羅している」といった、知識豊富な事情通というわけではまったくなく、まだ降りたことのない駅で下車してみて、中の様子のうかがい知れない、ちょっと怪しめの酒場に飛び込み、そこにどんな体験が待っているのかを楽しんで文章にする、といったようなことを主にやらせてもらってます。

 

もちろん晩酌も大好きで、夜の街に繰り出さない日は、しっぽりと自宅酒を楽しんでいることもお伝えしておきしょう。

 

さて、そんなのんきな僕でも、昨今の日本の現代社会、とりわけ我々庶民を取り巻くさまざまな状況には、どす黒い暗雲が幾層にも重なって覆いかぶさっているかのような、暗澹たるムードを感じます。先を思えば不安になるばかりの毎日。だけど、そんな日々の中に「幸せ」がひとつも存在しないかというと、そんなことはありません。

 

僕には「いつかは大豪邸に住んで、毎日ごちそうを食べて暮らしたい」というような贅沢な欲望はまったくありません。身の丈にあったお酒やつまみを前に、家族や友人たちと、くだらないバカ話をしている時が一番幸せだし、それ以上に望むものなんてないとすら思えます。

 

閉店間際のスーパーをパトロールし、大好物のブリ刺しを半額でゲットできた時など、思わず心拍数が上がってしまうほどの喜びを感じます。

 

安酒場の末席で、肉豆腐をつまみにゆるりとホッピーを飲んでいる時間こそが、最高の贅沢だと言っても過言ではありません。

 

「人気店のラーメン」と「カップラーメン」を比べた時、相対的に見てより美味なのは、お店のラーメンでしょう。ではカップラーメンはそれより劣る代替品なのか? そんなことはない。僕にとっては、それぞれがとても美味しい、まったく別の食べものです。

 

酒屋が店の一画で客に酒を飲ませる店を「角打ち」と呼びますが、こういう店の定番のつまみに「缶詰」があります。もちろん家で食べるのも大好きですが、普段とは違う環境で食べる缶詰には、どこか特別な味わいがあるような気がします。

 

つまり僕には、「あっちの店よりこっちの店のほうがうまい」というような比較にはまったく意味がないと感じられるし、「料理の味なんて環境次第でいくらでも変わる」と思われるわけです。

 

40年ほど生きてきてやっと気づくことができた人生の真理のようなものが少しだけあるとすれば、「人生は辛い」が「そんな人生の中にも、気の持ちようでいくらでも『幸せ』を見つけることができる」ということ。

 

場末の酒場で、自宅での晩酌で、はたまたそれ以外のふとした瞬間。お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸福な時間について書き、「ははは、こいつ、こんなことで喜んでるんだ~」と笑ってもらえたら、読んでくれた方の幸せのハードルもいっとき、ほんの少しだけ下がるんじゃないかな? なんてことを期待しつつ、この「つつまし酒」を綴っていけたらと思います。

 

健康診断なんて嫌いだ!

 

前置きが長くなってしまいましたが、ここからが第1回の本題。

 

昼間は一応会社員をやっておりまして、年に一度、秋口に健康診断があります。世の中には「健康診断が大好き!」って人もいそうな気はしますが、僕にとってはどちらかというと、嫌なもんですね。

 

まず、わかりやすく怖いのが「採血」。大の大人が何を甘えたことを抜かしてるんだという話ですが、昔から体だけは無駄に丈夫で、あまりお医者さんのお世話になった機会が多くないので、注射針を腕に刺すなんてことを考えただけで血の気が引いてしまいます。

 

それからバリウムを飲んでの「胃部レントゲン検査」。初めて飲んだ時に意外だったのが、バリウム自体はそこまで「まずすぎて飲めない!」というような代物ではなく、どこかの企業が「新感覚濃厚乳酸飲料」として発売したんだけど、開発部が迷走しすぎた結果生み出されてしまった、誰も求めていない味わいのドリンク、くらいのものでした。が、それ以外がきつい。げっぷを誘発する粉末みたいなもんを飲まされておきながら「絶対にげっぷはがまんしてください」と念押しされ、冷たく固いベッドに寝かされ、やれ右に回れ、左に回れ、少し戻れ、などと指示され、両サイドの鉄パイプを必死に掴んでいないと落っこちてしまいそうなほどベッドごと上下左右にぐるんぐるんと回され、あげく、謎の握りこぶしみたいな機械でみぞおちのあたりをぐいぐい押されて、もう半泣き状態。

 

全員同じ検査着を着て、係の人に番号で呼ばれるがまま、その他十数種の検査に連れ回され、気分は囚人。待ち時間もやたらと長く、終わった頃には身も心もヘトヘトです。

 

さらに忘れてならないのが、前日の禁酒。案内書にそう書いてあるので守りはするんですが、検診が月曜だったりした日には、「なんで日曜の夜に酒が飲めないんだ!」と、誰にぶつけることもできない憤りに震えながら、とりあえず眠るしかありません。

 

……とまぁ、自分でも「こんなに文句が出てくるか」と驚いているんですが、そもそも、こんな僕の健康のために、いろんな関係者の方が時間や労力を割いてくれているということを忘れてはいけませんね。最後は感謝の気持ちを胸に抱き、このお話を終了したいと思います。

 

僕がこの世で一番好きな食べ物

 

さてここからが本番。たっぷりとがまんした検診後のご褒美といえば、そのあとの「メシ!」ですよね。

 

さっきバリウムは飲んだけれども、胃の中を一度、正真正銘空っぽにしたので、体は最高にスッキリしている。前日は珍しく酒も抜いている。これ以上ない万全の受け入れ態勢、何を飲み食いしたってうまいに決まってますが、だからこそメニュー選びは慎重にいきたい。

 

実は、このタイミングでの、とあるお店での「ホッピー&カツカレー」こそが、僕の定番のお楽しみなんですよね。

 

我が社の検診は、午前に必要最低限の仕事を片付けたら検診センターへ向かい、終了後は無罪放免、直帰して良し、というパターンが多い。つまり「お酒を飲んでしまっても良い」ということですよ! 終わり時間はまちまちですが、定時より早いことも珍しくありません。こんなにブチ上がるシチュエーション、人生になかなか訪れませんよね?

 

会場は毎度、東京の「日暮里」にある検診センター。数年前、この最高のタイミングで何を食べようかと街をさまよい歩いたことがありました。

 

日暮里といえば定番の「いづみや」で肉豆腐とチューハイもいいし、町中華で餃子とビールもいい。てっとりばやく駅前の角打ちで喉の渇きを癒すという手もある。でもう~ん……と、貴重なタイミングゆえに考えすぎてしまい、そのままふらふらと、お隣の「西日暮里」駅までやってきてしまいました。

 

1時間の昼休みに何が食べたいか決まらず、延々と街を徘徊し、「え、もうあと15分!? とりあえずなんでもいいから食べなきゃ!」と、よくわからないこってりしたラーメンみたいなものを食べてしまって釈然としない気持ちになることが年に何度かありますが、この日もだんだんそれに近くなってきてしまった。「いいかげん腹も減ったし喉も渇いた。迷いすぎるとこの迷宮から抜け出せなくなるし、とにかく目についたお店に入っちゃえ!」そんな時に出会ったのが、西日暮里駅前の「はってん食堂」というお店。

 

ぱっと見は割とどこにでもありそうな、新しめの定食屋さんなんですが、名前が不思議ですよね。「はってん食堂」。いわゆる、同様の趣味嗜好を持った男性たちが集まり、お互いの何らかの関係性を発展させてゆく、といったようなタイプのお店かというと、見た感じそんなことはなさそう。お酒もいろいろ置いてあるし、最大の決め手となったのが看板の「カレー押し」。オーソドックスなカレーがなんと320円で、温玉、コロッケ、チーズにメンチなど、バリエーション豊富です。きわめつきは「たっぷりキャベツのせカツカレー」。この魅惑のメニューがなんと500円!?

 

僕がこの世で一番好きな食べ物、実は「カツカレー」なんですよ。けどあれって、日常的に食べるお昼ご飯としてはボリュームがありすぎるし、あれこれつまみながら長く飲みたい酒飲みとしては、夕食に食べることもあまりない。まるで織姫と彦星のような関係性の一品なんですが、この時こそ「今しかない!」と入ってみると、はたしてそこには想像を超えた満足体験が待っており、以降、検診のあとにはってん食堂に寄ることは、僕の年に一度の楽しみとなりました。

 

まずはホッピーとイカ納豆

 

もちろん今年も行ってきましたよ。

 

平日の早めの夕方。数年前のように迷うこともなく、検診センターを出た足でまっすぐ西日暮里へ。「お、まだやってたか」とニヤニヤしながら入店。そんなに広くない縦長の店内は、入って右側の棚やガラスケースに100円~の小皿が並んでおり、ポテサラやおひたし、お刺身などの一品ものから、ハンバーグ&目玉焼きで190円、みたいなたまらんお惣菜たちまでずらりと揃います。

 

おもむろに黒い盆を手に取ると、直感で「イカ刺し&納豆」の小鉢(150円)を乗せ、正面の調理場へ。「お母さん」というイメージがしっくりくる女性店員さんが数名、愛想よく働かれており、レジで「カツカレーとホッピーセットをください」と注文すると、すぐに飲み物を用意してくれます。

 

奥にはテーブル席がいくつかありますが、僕の定番は手前のカウンター席。ここでまず、しばらくぶりに再会したお酒である「ホッピーセット」をぐいっとやりますか。

 

あ、健康診断後のお酒、各会場ごとに注意事項などがあるはずですので、そこにはきちんと従ってくださいね。僕の場合は「検診後しばらくはなるべくアルコールを摂取しないでください」という注意書きの「なるべく」の部分をなるべく好意的に受け取り、なるべくゆっくりめにここまで歩いてきたのと、なるべく多めに水も飲んでおいたので、ギリOKなラインでしょう。

 

焼酎の注がれたジョッキにうやうやしくホッピーを注ぎ、ゴクリ……と飲み込むと、体内にアルコールがジワーッと浸透していくのが実感されます。っくぅ~、効くな!

 

それから、カツカレーが届くまでの繋ぎとしてチョイスした、イカ&納豆。全体に醤油をかけ、納豆をさっと混ぜて一口。あらま、納豆ってこんなに味が濃かったか。イカの身が歯を押し返す弾力やその甘みも、いつにも増してはっきりと感じ取れます。どうやら1日で味覚まで鋭敏になっていたようで、この小さな一皿でホッピーセットをナカ3でいけそう。

 

とはいえそんなに泥酔するほど飲むシチュエーションではないですし、イカと納豆の間のバランを引き抜き、あらためて全体をガーッと混ぜて、豪快にすすりつつホッピーグビグビ。

 

カツカレーを徹底的に運用して堪能!

 

てなことをしていると、本日のメインディッシュ、カツカレーがやってきました。

 

幅30センチはあろうかという大きなアルマイト皿に、ご飯、キャベツ、とんかつ、カレーソース、福神漬けが山盛りで、毎度これで500円とは信じられないボリューム感。

 

カレーは僕が一番好きな「和風もったり」タイプで、そこにほんの少しの本格的なスパイス感あり。かなり好みです。

 

カツも専門店の分厚いやつと比べればそりゃーチープ感はあるものの、文句ない大きさの、きちんととんかつ。何より、ふわりとラード香るアッツアツの揚げたてで、ちゃんと美味しいんですよね。

 

まずはご飯の上に盛られた千切りキャベツにソースをかけてつまみにしましょう。この時「おっと行きすぎちゃった」ってな小芝居を挟みつつ、カレーにひたっていない部分のカツの一部に、ソースをかけてしまっても良いかもしれません。無論、あとでそこだけ「純粋とんかつ」としてつまみにするためです。

 

そこからはもう自由な時間。キャベツもしゃもしゃ。カレーライスパクリ。カレーに浸ったとんかつをサクッといきつつ、白いご飯で追いかける。お、こんなところにソースだけがかかったカツがあるぞ、と一口。後半は真っ赤な福神漬けをそれぞれに組み合わせつつ味変。もちろん合間合間にホッピーをグビッ。

 

あぁ、いったん空っぽになった体に、炭水化物やスパイスや塩っけや動物性の脂やアルコールが充満してゆく。たぶん、いや確実に、普段よりも吸収率が高かったりして、体にはあんまり良くないんだろうけど、年に一度の幸せなご褒美なので許してください。

 

とにかく、幸せだなぁ……。

酒場ライター・パリッコのつつまし酒

パリッコ

DJ・トラックメイカー/漫画家・イラストレーター/居酒屋ライター/他
1978年東京生まれ。1990年代後半より音楽活動を開始。酒好きが高じ、現在はお酒と酒場関連の文章を多数執筆。「若手飲酒シーンの旗手」として、2018年に『酒の穴』(シカク出版)、『晩酌百景』(シンコーミュージック)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)と3冊の飲酒関連書籍をドロップ!
Twitter @paricco
最新情報 → http://urx.blue/Bk1g
 
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