カプセルホテルで旅行ごっこ
酒場ライター・パリッコのつつまし酒

 

昼寝は最高!

 

30代のなかばを過ぎたあたりからでしょうか。日中に、ほんの少しでも昼寝をしないと、仕事をする気力、体力が夜まで続かなくなってきました。

 

それまでは仕事中に昼寝をするという習慣はなかったし、今よりも体力があったのか、それほど必要ともしていなかった。ところがある時、も~眠くて眠くてどうしようもなく、漫画喫茶のフラットシート席で、バタンと眠ってみたんですね。ほんの30分くらいだったと思うのですが、その時のスッキリ感がすごかった!

 

しこたま酒を飲んでベッドに倒れこみ、「むしろ寝る前よりも体が疲れてるんじゃ……?」というような朝の目覚めとはあきらかに違う、心身が「休息完了!」と喜んでいる感じ。

 

午後の仕事をいつも以上にバリバリこなし、「そういえば今日のあの体験はなんだったんだろう?」と少し調べてみたところ、もう人間の体というのは、そういう風にできてるみたいですね。毎日、あまり長すぎもよくないが、ほんの15分でも昼寝をすると、頭も体もすごく回復するし、さらには夜の眠りの質も良くなるんだそう。

 

こりゃ~いいことずくめだ~! というわけで、それからは時間の許す限り、毎日なるべく昼寝をするタイプの人間となりました。

 

睡眠欲ははてしなく

 

仕事柄、取材や打ち合わせなども含め、夜に外でお酒を飲む日が何日も続くことが珍しくありません。それでも当然、日中は仕事をしなくてはいけない。楽しくてありがたい反面、体力的にはけっこう辛い日もあったりします。

 

そんな時に思うことはずばり「布団で寝て~!」

 

 

少々窮屈ながらも体を横にして寝かせてもらえる漫画喫茶はもちろんありがたい。が、できれば、そんなに立派な羽毛布団とかじゃなくていいから、敷布団と掛け布団に挟まれ、正式に「睡眠」と呼べるような休息時間が欲しい。

 

昼寝という甘露の味を知ってしまった自分の欲望は、さらにエスカレートしていったというわけです。

 

 

ところが、職場に仮眠室があるわけでもないと、これがなかなか難しい。漫画喫茶の倍くらい、つまり、1時間1000円くらいまでは出してもいいから、ゆっくりと布団で仮眠させてくれる「昼寝屋さん」みたいなお店はないものかと探してみても、職場の近所には見つかりません。

 

そんな悶々とした思いと、累々とした眠気を抱えながら街を徘徊すること数ヶ月、突然我が身に差し込んだ一筋の光明は、職場の近所の古ぼけたカプセルホテルの小さな看板にあった「休憩コース 2時間1000円」の文字だったのです!

 

理想の寝場所は意外なほど近くにあった

 

完全に盲点でした。

 

いつからこにあったんだろう? そんな、昭和感満載の小さなカプセルホテル。自分の求める条件にぴったりの、いや、むしろお手頃すぎて申し訳ないくらいの休息が、そこで提供されている。

 

こういった施設自体、それまでは使ったことがなかったので、若干ドキドキしつつ、フロントでしかるべき手続きをし、指定された階へ。平日の日中ということもあって貸切状態の、陽光差し込む静かなフロアを抜け、自分の番号のカプセルへ。

 

「わ! 布団だ布団だ! ここで今から昼寝してもいいんだ! 夢じゃないかしら!?」

 

驚くべき幸せは、実はそれだけではありませんでした。

 

エレベーターの案内板で見た「浴場は地下1階です」の文字。さらには、目の前の布団の上にきちんと畳まれて置かれている、浴衣、ハンドタオル、バスタオル、アメニティセット。

 

そう、想像すらしていなかったのですが、ここ、ホテルなので、当然、お風呂にも入れるんですよ!

 

 

いやはや、とんでもないことになってきたぞ。

 

目的は昼寝でしたが、あるならお風呂も入らなきゃ損! まずはさっぱりしたところで、トロ~っと睡眠を決め込む算段をつけました。

 

 

浴室は洗い場が4つのごくシンプルなもの。浴槽も、縦1.5m、幅2.5mほどのコンパクトなものがひとつですが、ここも貸切状態で、十分に足を伸ばして入れます。湯加減もばっちり。

 

さっきまで職場で仕事をしていたというのに、静かな湯船で極限までリラックスしている自分の状況がおもしろく、また、いつも歩いている街なかにありながら、どこか知らない地方都市へ旅行にでも来たような気分が愉快すぎる。

 

こんな天国が自分の生活圏内にあったなんて、今までどれだけ損をしていたんだろう!

 

 

以降、月に1回くらいのペースで僕は、この昼間の入浴~昼寝の、プチ現実逃避を楽しむようになりました。

 

心の師匠、昼寝休憩の達人おじさん

 

さて、やっとお酒の話です。

 

 

実はこの場所に何度か通っているうち、気づいたことがひとつあります。

 

浴室前のフロアは、ちょっとした休憩スペースになっており、ガラステーブルとソファ、有料のマッサージチェア、TV、ネットが使えるPC、漫画棚、それから、酒類も取り扱う自販機が設置されています。

 

僕がここへ来るたび、そこで、かなりの高確率で、浴衣を来た同じおじさんひとり、プチ宴会をしているんです!

 

ガラステーブルの上に、近くのスーパーで買ったと思しき惣菜を2~3品と缶ビールを並べ、ソファに腰かけ、目の前のTVを見ながら悠々と酒を飲んでるんです!

 

14時とかですよ!?

 

 

こいつは参った。

 

うらやましいにもほどがある。

 

お仕事が夜勤中心なのか、それとももうリタイヤされているのか、とにかくここで、ひっそりとひとり酒を楽しむことが人生の楽しみなのでしょう。

 

 

ええ、もちろん真似しましたよ。

 

いざ実行!「旅行ごっこ」

 

前々から仕事のスケジュールを調整し、わざわざ会社を早退して、そのおじさんとかち合っても気まずいので、15:30くらいに現場へ。しめしめ、誰もいないぞ、と。

 

まず入浴。はやる気持ちをおさえつつ、全身がくまなくゆるみきるまでゆっくりと温まります。真っ白なバスタオルでよ~く体を拭き、ドライヤーで入念に髪を乾かし、平日の午後、無駄につるつるホカホカになった状態で、いよいよ休憩所へ。

 

 

持参したお酒は、大好きな「タカラ 焼酎ハイボール ドライ」の500mlが1本。「サントリー 烏龍チューハイ」の335mlが1本。つまみは、コンビニで吟味、購入した「幕の内弁当」と、数種類の豆とひじきが入ったお気に入りのサラダ。

 

以上をテーブルに並べ、玉子焼きをちびり、和風ハンバーグをちびり、焼きサバをちびり、ソーセージをちびり、豆をちびり。もちろんその合間合間に、チューハイをちびりちびり。
なるべくゆっくり時間をかけて、その空間自体を味わいつくすように楽しんでいると、いざとなったら自販機で追加購入すればいいやと思っていたお酒も、2本でじゅうぶんほろ酔い状態。お腹も満腹です。

 

 

続いてゆらりと立ち上がり、マッサージ椅子に100円玉を投入し、マッサージを10分間。あまりに心地よく、聴くでもなく耳に入るTVの音声が夢と混ざり合い始めた頃に時間が終了。
さぁ、いよいよカプセルへ戻って極上の睡眠タイムです。

 

 

照明を落とした真っ暗闇の中、パリッとノリのきいた布団に包まれ、約1時間の熟睡。

 

あぁ、こんなにも手軽に、こんなにも極上な時間を味わう手段があったなんて……。

 

 

目が覚めたら、活気を増し始めた夕方の街に繰り出しましょう。

 

今日は馴染みの店じゃなく、行ったことのないお店に入ってみようかな。せっかくの旅行気分を終わらせるのは、まだまだ名残惜しいですし……。

酒場ライター・パリッコのつつまし酒

パリッコ

DJ・トラックメイカー/漫画家・イラストレーター/居酒屋ライター/他
1978年東京生まれ。1990年代後半より音楽活動を開始。酒好きが高じ、現在はお酒と酒場関連の文章を多数執筆。「若手飲酒シーンの旗手」として、2018年に『酒の穴』(シカク出版)、『晩酌百景』(シンコーミュージック)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)と3冊の飲酒関連書籍をドロップ!
Twitter @paricco
最新情報 → http://urx.blue/Bk1g
 
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