あの日の自分と飲む
酒場ライター・パリッコのつつまし酒

 

どうしようもない就職活動

 

先日、とある酒場取材の仕事で「東新宿」に行く機会がありました。
実はこの街、僕にとっては思い出深く、2001年4月、大学を出てすぐに就職した会社があったのが、当時まだできたばかりの都営大江戸線、東新宿駅からすぐの場所だったんですよね。

 

勉強熱心とはほど遠い学生だった僕は、卒業を目前に控えた時期になっても、とても単位が足りるとは思えないほど授業をさぼりまくっており、ゆえに「就職活動」という言葉にもどこか現実味がなく、なんだかよくわからないふらふらとした日々を送っていました。
ところが、今となっては記憶も曖昧なのですが、念のためテストには出席したり、友達にコツを聞いてレポートを提出したりしてみたところ、ギリギリになって、どうやら留年はせずに卒業することができそうだ、ということが判明。これには自分が一番びっくりしました。

 

となると、突如現実味をおびてくるのが「就職」の2文字。
確かもう3月くらいにはなっていたはず。大慌てて就職情報誌を手にとり、当時強いて興味があったのがデザインの分野だったので、そういう部門の募集があって、なんとまだ面接をしてくれるという広告代理店を見つけ、大至急履歴書を送りつけたのでした。

 

翌週僕は、とある雑居ビルの一室で、自分と同じ境遇の、どうみても薄ぼんやりしてそうな男子大学生とふたり、いきなり社長面接をしていました。会話の内容などはまったく覚えていませんが、絵に描いたような豪快なタイプの社長に「よし、ふたりとも4月からうちへ来い!」と言われ、またしても自分が一番びっくりしたこと、それと、一緒に面接を受けた彼と部屋を出てすぐ、「就職活動ってこういうもんなの?」と、あまりにものんきな会話をしたことは覚えています。

 

そんな経緯で入った会社なので、当然ブラック。いわゆる男性向けのいかがわしいお遊戯の情報誌などの広告が主たる仕事で、もっとも多用する色はマゼンダ100%。毎日残業数時間は当たり前。ただし、一応がんばって仕事をしていたら、1年くらいで主任に抜擢されたり、特別賞与みたいなものがあったり、年に数回社員旅行があったり、とにかく何につけても派手な感じで、とことん無知だった僕は、社会というのはこういうものかと思いこみ、受け入れておりました。
が、やはり自分の性に合わない生活は長くは続かず、約3年後に退社。今振り返ってもあの3年間は、人生の中でも特に濃密で、あれはあれで必要な時間だったのかな、なんて思っています。

 

 

懐かしき食堂へ

 

話を戻しまして、そんな東新宿の街を数年ぶりに訪れた僕。待ち合わせ時間までまだ小一時間あるので、懐かしき街を徘徊してみることにしました。

 

このあたりもすっかり様変わりしており、昔よく飲んだ、確か「四季」とかいうラーメン居酒屋の跡地には、どーん! と近代的なホテルが建っています。明治通りと職安通りが交わる交差点のところにあった、巨大な「ホストクラブ 愛」の看板も、小綺麗な「パセラリゾーツ」のものに変わっている。
しかしながら、お、当時勤めていた会社のビルはまだあるぞ。前まで行ってエントランスを覗きこむと、わ、普通に懐かしき社名が書いてある! 入口の雰囲気ってこんな感じだったっけ? 3年通った場所も、これだけ離れていると忘れるもんだな〜。
と、ひとしきり興奮したあとで、ひとつ思い出したことがありました。

 

それは確か入社初日。僕を含む新卒社員は、男6、女1の系7名。ひと通り部署の説明などを受けたらお昼休みの時間となり、「じゃあみんなでお昼でも行ってきて」ということになりました。
全員初対面同士、しかも全員社会人1日目という究極にふわふわした状況の中、「このへんだったらあそこがうまいんだよ〜」なんて言いだす奴もおらず、自然と入ることになったのが、並びにあった「東新宿食堂」というお店。
店名を聞くと渋そうな感じですが、なんのことはない、「〇〇食堂」の〇〇の部分にその土地土地の地名が入る、小綺麗なチェーンの定食屋です。

 

ガラスケースにずらりと並んだおかずの小皿から好きなものを選んでお盆に乗せてゆき、最後にご飯と味噌汁をもらって合計を計算するというシステム。
当時の僕が何を頼んだのかは忘れてしまいましたが、自分の性格から推測するに、好物のカレーライスと、よくばってフライの盛り合わせ、それに味噌汁なんかも添えて、1000円くらいいっちゃって、「うわ、やりすぎた!」なんて反省してたに違いない気がします。しかも食後は「食いすぎた……」のおまけつき。

 

それ以来、一度も入ったことのなかったこの店に、今ふらりと入ってみよう思いたちました。幸いこのあとの仕事も酒場の取材。ビールの1本くらい飲んでおいたほうがスムーズに進行するに違いない、という、間違った仕事観も手伝って。

 

 

あの日の自分にアドバイス

 

店内は相変わらずさっぱりと小綺麗で、当時となんら変わりがないように見えます。ずらりとおかずが並ぶガラスケースも相変わらず。
ついつい目がいくのは肉、魚、揚げものなどの重量級コーナーなのですが、今日はこのあとも飲み食いする予定だし、すでに自分の中にコンセプトも生まれている。ずばり、「当時の自分に成長した自分を見せつける品選び」です。とことん渋くいきましょう。

 

こういうお店であまりうだうだ悩むのも粋じゃない。流れるようなフットワークで、それぞれ100円程度の「らっきょう」と「ひじき煮」をお盆に乗せます。
よし、ここまではいい。だけどこれだけじゃさすがに芸がないというか、もうつまみはそういうものだけでよくなってしまったおじいちゃんと変わらない。もう一品くらいおかずをとって、大学を卒業したての若人には真似できない、渋〜いデッキを完成させたい。
そこで僕が選んだのが、「イワシの梅煮」、250円。どうだ? 当時の俺よ、この滋味深く奥ゆかしい一皿が、その目に入っていたか?
ここに瓶ビールを追加し、お値段は約1000円ほど。よしよし、完璧なチョイスだぞ。

 

お会計を済ませ、みんなで座った覚えのある店内中央の大机が見渡せる位置の、ふたりがけのテーブルに席を取ります。
昼時をすぎてのんびりとした店内から窓の外を眺めると、きらめく陽光の先に佇むのは、当時のままの姿のマクドナルド。らっきょうやひじきを貧乏くさくつまみながら、ビールをちびちびとやっていると、幸福感とわびしさの入り混じったような、なんともいえない気持ちが押しよせてきて、つい遠い目をしてしまいます。
そしていざ、と、イワシの梅煮をひとかけら口に放りこむ。これがふいに脳に電流が走るほどうまい! その時、一瞬ではあるがはっきりと見えましたよね、あの日の自分たちの姿が。

 

フフ、何も知らない顔をしてヘラヘラしているなぁ……。自分にもあんな時代があったんだ。
あれから18年、俺もいろんな経験を積んだぞ。もしも直接語りかけ、アドバイスをしてやれるんならしてやりたいもんだ。例えば……ええと……。

 

そこではたと気づきました。あれ? 教えてやれることが何もない! というか自分、相変わらず同じようにヘラヘラしてて、成長なんて一切してない!

 

これには我ながらびっくりでした。
まぁ、現実がそうなのだからしかたない。むしろ、なんとなくは気づいていた事実に対して、はっきりと諦めがついたんだからいい機会だ。きっとこのまま一生、ヘラヘラと酒を飲んで、なんの成長もせぬまま年を重ねていくんだろう。

 

ただし、たったひとつだけ、当時の自分にアドバイスしてあげられることがあることにも気づきました。それは、同じ1000円でより幸せになれる品選び。
いいか、当時の俺よ、あれもこれもと欲張らず、瓶ビールを柱に、主菜と副菜2品くらいをバランスよく選ぶんだ。そうすることで限られた金額のポテンシャルを最大限発揮した、充実の「つつまし酒」が堪能できるぞ。
あ、でもよく考えたら、入社初日から昼休みに酒を飲むやつはいないか。う〜む、我ながら、よくわからない大人になったもんだな……。

酒場ライター・パリッコのつつまし酒

パリッコ

DJ・トラックメイカー/漫画家・イラストレーター/居酒屋ライター/他
1978年東京生まれ。1990年代後半より音楽活動を開始。酒好きが高じ、現在はお酒と酒場関連の文章を多数執筆。「若手飲酒シーンの旗手」として、2018年に『酒の穴』(シカク出版)、『晩酌百景』(シンコーミュージック)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)と3冊の飲酒関連書籍をドロップ!
Twitter @paricco
最新情報 → http://urx.blue/Bk1g
 
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