ふわふわねばとろスタミナ牛丼
酒場ライター・パリッコのつつまし酒

横山さんの年に2回のお楽しみ

 

定期的に酒場取材の仕事でご一緒するカメラマンに、横山さんという方がいます。
僕よりもひとまわり以上年上で、特にグラビア撮影などの世界では超大御所といわれる存在。それを知る同業者にはよく「え? あの横山さんがお酒やつまみの写真を撮ってるの? なんて贅沢な……」と驚かれる、というか呆れられることもしばしばなのですが、その企画を取り仕切る編集プロダクションの社長と仲が良いという縁で、もう何年も続いている仕事です。何より、ご本人がよく、「いや~何事も勉強だよね。こういうのも撮ってみるとおもしろいもんだよ~」と、一点の曇りもない笑顔でおっしゃられていて、僕は横山さんの、ポジティブ度100%の存在感が大好き。仕事や人生に対する姿勢をたくさん勉強させてもらっています。

 

先日、そんな横山さんと雑談していて、なぜだか話題が牛丼屋のことになりました。その時に「オレさぁ~、そんなに大食いなわけじゃないし、ちょっと贅沢だから『年に2回だけ』って決めて食べてる、牛丼の好きな食べかたがあって……」という話になりました。え!? どんなですか!? 気になる気になる! と、教えてもらったのが、横山さんの「ふわふわねばとろスタミナ牛丼」。詳細は以下の通り。

 

(1)「牛丼 並」に「納豆」「とろろ」「生玉子」をトッピングする
(2)すべてをぐっちゃぐちゃに混ぜる
(3)よ~く混ざったら、一気呵成に、飲み込むように食べる!

 

曰く、無心になってかっこんでいると「今、スタミナがついてるな~」と実感され、それがたまらないんだとか。聞いてしまった以上、どうしてもやってみたい! あわよくば、そいつをつまみに一杯やってしまいたい! 言うまでもなく、僕はすぐ、地元の「松屋」をドアを叩きました(実際は自動ドア)。

 

 

なれぬ食券購入に翻弄される

 

そもそも僕、牛丼ってほとんど食べないんですよね。今年は確実に、まだ一度も食べていない。去年も食べてないかも。一昨年くらいに気まぐれに食べたような気がしないでもない。お好きな方からしたら信じられない話かもしれませんが、理由は単純で、他にもっと好きなものがあるから。例えばカレー。特に松屋のカレーは最高に美味しく、僕は松屋のことを完全に「カレー屋」と認識しています。
そんなわけなので、発券の段階からかなりの緊張感がありました。まずは「店内」のボタンを押し、牛丼の並を探す。ところがどうも「プレミアム牛めし」というのしか見つかりません。牛丼事情に疎いのでもうオロオロ、最初のページに戻ってみてもやっぱりそれしか見つからないので、きっとそれがいわゆるオーソドックスな牛丼なのだろうと自分を納得させ、ボタンを押します。
ここからさらにきつかった……。なんと僕のうしろに、ひとりの待ちができてしまいました。その状態で、トッピングのページから「納豆」「とろろ」「生玉子」を探さなければいけない。もはや頭は真っ白。顔面蒼白。それでもなんとか必死に探し、ピッピッピッと購入ボタンを押していきます。「こんなにトッピングを追加して、きっと不審者と思われているに違いない」そんな絶望的な気分の中、最後に「生ビール 小ジョッキ」のボタンを押す。もはややぶれかぶれです。「どうせ俺は変態酒野郎だよ! 笑いたければ笑え!」そんな気分で「決定」ボタンを押すと、「発券します」ガチャン、「発券します」ガチャン、「発券します」ガチャン、「発券します」ガチャン、「発券します」ガチャン、と、きっちり5回ぶんに分けて食券がでてくる。それはまるで、永遠とも感じられる時間でした。

 

 

体にスタミナが充満していく!

 

カウンター席に座りしばらく待つと、注文したものがすべてやってきました。そもそも、こういう食べかたをする人って他にいるんだろうか? 人から後ろ指をさされるような行動ではないのか? それともむしろ、通っぽくてかっこいいのか? 何もかもがわかりません。なので、店内を見渡し、ちらほらといる他のお客さんが自分のどんぶりに向き合い、絶対にこちらを見ていないタイミングを見計らって、サッサッサッと、各トッピングを丼の上に投入していきます。牛丼って、割とどんぶりのフチギリギリにまで盛られてますよね。つまり、もはや溢れんばかり。これをこぼれないよう慎重に、ゆっくりとかきまぜるんですが、上の具と下のご飯の質感が違いすぎるからか、ぜんっぜん混ざってくれない! 3分くらいやってたんじゃないかな? やっとのことで、もとは牛丼とトッピングだったものが渾然一体となった、いまだかつて見たことのない一品が目の前に誕生しました。

 

 

さぁ、いよいよここから。あの横山さんが「たまらない」と語る「ふわふわねばとろスタミナ牛丼」、長いので「ふねとろ丼」とでも略しましょうか。これをつまみに、ビールを飲んでやろう。

 

ふねとろ丼を一口すすってみる。味がものすご~くまろやかです。納豆、玉子、とろろと、素材の風味が入れ替わり立ち替わり感じられ、最後に口に牛肉が残り、それぞれがものすごくありがたい。なんだか感謝の気持ちが湧いてきます。ご飯の主張だけはあまり感じませんね。入ってたっけ? ってくらい。それと、全体的に薄味。そこで気がつきました。トッピングをこんなに足したんだから、醤油も足したほうがいいのか。一周回しかけ、またまたよく混ぜる。食べてみる。……がぜんおつまみだ! ズルズルズル、モグモグモグ、ビールごくり! うん、丼のまったり具合とビールの切れ味が対照的で、かなりいい組み合わせですよ、これは。
しばらく堪能したら、こんどは七味を足してみる。ふわりと柚子が香る七味ですね。食材の甘みがより引き立つ気がしてさらに美味しい。ビールごくごく。一杯180円の小ジョッキなので、丼を半分残してもうなくなってしまいました。追加だな。

 

席を立っておかわりビールの食券を買って店員さんにお願いし、それが届くまでの間、こんどは紅ショウガとの相性を試してみることにしました。容器から2、3本取って丼に乗せ、小さくその部分を食べてみます。……あ、最高! 紅ショウガ、導入の方向に決定。こんどはドサッととって、またまた全体をよ~く混ぜる。名前通りの紅色が全体に行き渡り、見た目もぐっと華やかになりました。

 

もはや当初の恥ずかしさ、後ろめたさはありません。無心で丼をズルズル、おかわりのビールもごくごく。あ~、体にスタミナが充満していく。横山さん、最高っすねこれ!

 

 

ちなみに、ビール2杯も含めたトータル金額は980円だったんですが、途中店員さんが「とろろと生玉子はセット券があるので、そちらで処理しなおしておきました」と10円を返してくれ、そのきめ細やかな気配りがまたなんと嬉しかったことか。思わずビールをおかわりし、その10円玉を眺めながらもう一杯やってしまいそうになりましたが、さすがに松屋でビール3杯はやりすぎな気がし、小さく「ごちそうさまでした」と言って店を出たのでした。

酒場ライター・パリッコのつつまし酒

パリッコ

DJ・トラックメイカー/漫画家・イラストレーター/居酒屋ライター/他
1978年東京生まれ。1990年代後半より音楽活動を開始。酒好きが高じ、現在はお酒と酒場関連の文章を多数執筆。「若手飲酒シーンの旗手」として、2018年に『酒の穴』(シカク出版)、『晩酌百景』(シンコーミュージック)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)と3冊の飲酒関連書籍をドロップ!
Twitter @paricco
最新情報 → http://urx.blue/Bk1g
 
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