日常キャンプ
酒場ライター・パリッコのつつまし酒

あのテントがうらやましい

 

広い原っぱエリアのある公園で、簡易的なサンシェードテントをベースにピクニックをしている家族連れなどを見かけることがありますね。特に春や秋の気候のいい時分、とても優雅な感じがしてうらやましい。
ああいうテントがどうしても欲しくなり、アウトドアショップやショッピングサイトで、あれこれと商品を見比べる日々を経て、ついに「これだ!」とたどり着いたのは、信頼と実績のキャプテンスタッグ社製「シャイニーリゾートポップアップシェルターUV」でした。よくある日よけオンリーのものとは違い、すべてのジッパーを閉めると完全な個室になる。中の広さは約1.5畳。無理すれば大人3人くらいは寝られそう。ハードな条件でなければ、キャンプでのテント泊にすら使えそう。それでいて、骨組みに柔軟性があり、収納袋から取り出して空中にポイっと投げれば、一瞬でバサリと自立する。気分は漫画「ドラゴンボール」に出てきたホイポイカプセル。なんてすごいものを手に入れてしまったんだ、と悦に入っていたのが、かれこれ3~4年前のことだったでしょうか。

 

実は商品を探している過程で、もちろんピクニックには使用したいけれども、個人的にそれ以上にワクワクする用途を思いついてしまったんですよね。それが、家のベランダでのテント泊。
友達のスズキナオさんととも始めた遊びに「チェアリング」というものがあり、これは、街なかの、人の迷惑にならない、景色の良い場所に、アウトドア用の折りたたみ椅子を持って出かけていき、ただそこに座ってぼーっとお酒を飲むという行為。日常の隣にある、もっとも敷居の低いアウトドアであるともいえるでしょう。話を聞いただけだと、「そのへんのベンチでいいじゃん」と誰もが思う。しかし実際にやってみると、たった数十センチ視線が変わるだけなのに、その非日常感や快適さには驚くべきものがあるんです。そういうのが好きなんです。根っから。おのずと、この簡易テントを手に入れれば、自宅のベランダでのキャンプごっこという、日常の隣の非日常を手軽に味わえるのではないか? と思うに至った。
ところが、自分の計画性のなさ、詰めの甘さには毎度あきれてしまうのですが、商品が到着し、ベランダで広げてみると、予想以上にでかい。ベランダの幅にぜんぜん収まらない。その後引越しをし、少しだけベランダが広くなったこともあり、嬉々としてまた広げてみたんですが、こんどは避難ハシゴのフタをふさぐようにしか配置できない。めったなことはないと思いつつも、そこで一晩過ごすわけにはいかないよなぁ。
ということで、思いついたときのワクワク感虚しく、テントは年に1、2回のピクニック時以外は押し入れにしまいっぱなしということになっておりました。

 

「仕事場でやればいいんじゃん!」

 

以来、「日常キャンプ」への憧れをくすぶらせつつ暮らしていたのですが、先日、ついにひらめいてしまったんですよね。「あ、仕事場でやればいいんじゃん!」と。
僕は今、ありがたいことに、家から徒歩圏内の場所にある出版社「スタンド・ブックス」の事務所内にデスクをひとつ借り、昼間はそこで仕事をさせてもらっています。ここが古い平屋の民家をリノベーションした物件で、周囲は静かな住宅街、かつ、隣は農家の庭で、ちょっとした森のようになっている。この建物ならば、室内でも、家のよりぜんぜん気分が出るに違いないじゃないかと。

 

とある平日の夜、あらかじめ妻には許可を得ておいて、家族での夕食を少なめに済ませ、子供が寝たのを見とどけ、行動を開始しました。
リュックに寝袋と使いたいグッズをあれこれと詰め、小脇にテントを抱え、事務所に向かう。一度荷物を置いたらコンビニへ行って、酒とつまみを調達してくる。そそくさとフロアにテントを広げ、部屋の窓を全開にする。これで準備は完了。家族が起きだす前に自宅へ戻るというミッションをともなった、日常キャンプのスタートです。

 

用意したのは、百均で買ったステンレスのマグカップ、小皿、コッヘル風容器、折りたたみスプーンとフォーク。小さな折りたたみテーブル。これらは、実際にアウトドアで火にかけたりして使うことはできないと思われますが、気分を盛り上げるのにはじゅうぶん。
それから百均のランタン。暗闇となった部屋のテント内でつけてみると、思いのほか暗い。しかしながら、いくらここが室内であるとはいえ、文明の利器はなるべく排除の方針で夜を過ごしたい。その明るさで我慢することにします。
「缶詰で飲む」の回でも紹介した「クロスウォーマー」も持ってきました。キャンドルの炎で直接缶詰を炙れる専用グッズで、まさか室内で焚き火をするわけにもいかないけれども、できることなら炎を見つめながら飲みたいと思い。テント内で使うと危なそうなので、燃え移りそうなものが周囲にない安定した床に置き、ちょっと遠目から眺めることになってしまいましたが、それも味。
コンビにでは、梨味のストロングチューハイ、ジムビームのポケット瓶、水、焼鳥の缶詰、エビとブロッコリーのサラダ、ミックスナッツを買ってきました。スプーンとフォークのみというちょっとした不便さをあえて味わいたかったので、割り箸はもらわず。

 

いざ孤独の世界へ

 

さてと、たったこれだけの準備がけっこう大変だったけど、いよいよ飲み始めらる。そう考えると、本当のキャンプって想像を絶する苦労がありそうだな。ともあれ、入り口を開け放ったテント内には心地よい夜風が通り、聞こえるのは虫の声と木々のざわめきのみ。いや本当は、コピーFAX複合機の「ヴ……ヴーン」みたいな音もたまにするけど、聞こえてないことにしよう。
梨チューハイをマグカップに注ぐと、陳列したてだったのか、とてもぬるい。文明の利器排除の方針には背くけれども、特例として一度電気をつけ、冷凍庫からロックアイスを取ってくる。仕切り直してごくり。うまい。

 

やがてストロング系特有のふわりとした酔いが訪れると、そこからはもう、完全に非日常の世界です。
ランタンをかざしてエビとブロッコリーにフォークを刺し、口へと運ぶ。視界からの情報が極端に少ないので、普段より味覚が鋭敏になっているのか、驚くほど味の輪郭がはっきりとしている。ミックスナッツは、森で取れた木の実という実感を増している。
テントから身を乗りだし、焼鳥をひとかけかじる。……まだぬるいな。
チューハイを飲みおえ、バーボンの水割りに移行。そのハードな味わいが、自然の中にただひとり(と思いこんでいる)孤独感に拍車をかけてくれ、ひたすらに心地いい。
テントから身を乗りだし、また焼鳥をひとかけ。……まだぬるいのか。

 

気づけば、スマホのアラームが朝5時を知らせてくれている。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。眠りが深かったのか、思いのほか気分がすっきりしてるな。
日常キャンプ、想像以上に良かった。またやろう。

 

ふと視線の先に、2口だけ食べた状態で冷めきってしまった焼鳥が、寂しそうに佇んでいるのに気づく。
朝食代わりに食べたそれは、温める前と比べ、確実にいくつかの成分を失ってしまったかのような、どこか切ない味がしました。

酒場ライター・パリッコのつつまし酒

パリッコ

DJ・トラックメイカー/漫画家・イラストレーター/居酒屋ライター/他
1978年東京生まれ。1990年代後半より音楽活動を開始。酒好きが高じ、現在はお酒と酒場関連の文章を多数執筆。「若手飲酒シーンの旗手」として、2018年に『酒の穴』(シカク出版)、『晩酌百景』(シンコーミュージック)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)と3冊の飲酒関連書籍をドロップ!
Twitter @paricco
最新情報 → http://urx.blue/Bk1g
 
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