恋バナなしの青春小説はありえない? 小説家・椰月美智子が語る青春譚『緑のなかで』創作秘話
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椰月美智子さんが北海道を舞台に青春の光と影を描いた『緑のなかで』(9月18日発売)。この発売を記念して、2018年10月4日、八重洲ブックセンターにてトークイベントが開催されました。対談のお相手は書評家の吉田伸子さん。執筆秘話が次々と飛び出し、ファンにはたまらないひとときになりました。

 

 

椰月 みなさん、今日は雨が降りそうなお天気の中、来てくださってありがとうございました。今日は、新刊『緑のなかで』について、書評家の吉田伸子さんと一緒にお話していきたいと思います。よろしくお願いします。

 

吉田 よろしくお願いします。みなさん、『緑のなかで』はもう読まれていますか? 本の内容に踏み込んだお話をしても大丈夫ですか?

 

椰月 (本を)今日買われた方もいらっしゃいますよね……
(会場から「大丈夫!」という声)

 

吉田 ありがとうございます。それでは、遠慮なく(笑)。『緑のなかで』の主人公は、大学三年になる啓太という男の子なんですが、椰月さん、こんなにストレートな青春小説は初めてじゃないですか?

 

椰月 そうですね、青春小説は以前にも書いていますが、青春だけというか、学生の生活だけにスポットを当てた小説、というのは初めてかもしれないですね。

 

 

吉田 『緑のなかで』には、タイトルにもなっている長めの中編と、その後ろにもう一編「おれたちの架け橋」という中短編が入っているんですが、順番としては、「おれたちの架け橋」が先なんですよね。

 

椰月 そうです。「おれたちの架け橋」は、啓太たちが高校生の時の話です。書いた順番としては、「おれたちの架け橋」が先ずありきでした。こちらは元々は進研ゼミの小冊子に連載されていたんです。

 

吉田 進研ゼミの小冊子ということは、読者は受験生……。

 

椰月 そうなんですよ。高校三年生が読む物語、ということでちょっと緊張して書きました。

 

吉田 あ、もしかして、「北大」ではなくて、敢えて「H大」にしたのも、そのあたりを意識して?

 

椰月 「北大」にしてしまうと、実際に北大を受験する子たちの雑音になってしまうというか、進路を迷っちゃったりすると申し訳ないので、実名ではなくて「北の大地」の「H大学」としました。

 

吉田 「おれたちの架け橋」をベースにして、「緑のなかで」を作って行った、と。

 

椰月 連載が終わった時は、その次に何を書こうか、まだアイディアも何も浮かんでいなかったんですが、やっぱり青春ものにしたいな、と思ってはいました。

 

 

吉田 さっき、控え室でうかがったんですが、椰月さんには、「青春小説のお手本」みたいな一冊があったんですよね。

 

椰月 はい。私の中では宮本輝さんの『青が散る』が青春小説の名作としてあって、『青が散る』をイメージして書き進めました。あくまでも、イメージなんですけどね。青春の光と闇があるような物語にしたい、と。

 

吉田 北大を舞台にする、ということだけは決まっていたんですね。

 

椰月 えぇ。啓太の北大での学生生活を描いていこう、という大きな枠組だけはありました。

 

吉田 その枠組から、どんなふうにして物語を膨らませていったのですか?

 

椰月 「架け橋」に出てくる登場人物たちが、私自身すごく好きだったので、彼らを(物語に)出しつつ、新たにどんな友だちと巡り逢えるのか、どんな関係を築いていくのか、そのことを先ず描いていきたい、ということがありました。大学生くらいの時って、やっぱり友だちのことが一番だと思うので。あと、これはすごい偶然なんですが、取材で北大の「キャンパスツアー」に参加させてもらった時に、そのツアーの引率役の学生さんが、「僕、(出身が)小田原なんですよ」と。

 

吉田 わ、それは、なんという偶然!

 

椰月 そうなんですよ。私、小田原出身で小田原に住んでいるじゃないですか。だから、彼の出身高も、知っている高校だったんです。たまたま行った日に、この偶然は! と興奮しました。その時に、この小説は絶対いい小説になる予感がしました。

 

 

吉田 啓太も、物語の中で「キャンパスツアー」のバイトをしていますよね。

 

椰月 えぇ、そうなんです。その小田原の彼、とてもいい子でね。彼が夏休みで小田原に帰省した時も、連絡を取って小田原でも取材させてもらったりもしました。すごく爽やかで、素直な好青年なんです。

 

吉田 まるで啓太みたい。

 

椰月 実は、「緑のなかで」の冒頭の1行は、その小田原の彼が「キャンパスツアー」で言った第一声、「北海道は本当に色が濃いんです」という言葉から思いついたんです。「色が濃い」という彼の言葉にずきゅん、と来ました。取材に行ったのは七月だったんですが、本の表紙そのままの青々とした緑で、私が住んでいる小田原も自然が豊かな場所ではあるんですが、北海道の自然はちょっと特別な感じで、まさに彼の言う「色が濃い」。

 

吉田 あぁ、分かる気がします。

 

椰月 「キャンパスツアー」といえば、啓太の母親のエピソードを思いついたのも、そのツアーの時でした。

 

吉田 啓太の母親は、物語の途中で失踪してしまうんですよね。啓太のようないい息子がいるのに、何が不満で失踪したのか……

 

椰月 そうですね。

 

吉田 そうですね、って、失踪させたのは椰月さんよ?(笑)

 

椰月 あのお母さんなりに、何か行き詰まることがあったんじゃないかな(笑)

 

 

吉田 椰月さんが巧いのは、啓太のドラマに、青春小説としてはありがちな「恋バナ」をもってこなかったところ。そこが本当にいい。

 

椰月 啓太は真面目すぎるところがあるから、そっち方向には行かないんですよね。

 

吉田 この年代の子でドラマを作ろうと思えば、まず恋愛になっちゃうんだけど、それは安易といえば安易でもあるわけで。「恋バナ」はなし、というのは意識して書いたんですか?

 

椰月 そうですね。若者たちの恋愛というか、男女の恋愛って、ちょっとお腹いっぱいな感じがして。

 

吉田 あぁ、わかります。あと、『緑のなかで』を読むと、椰月さんの文章の巧さが細部にあらわれていて、読んでいて、何度もうわっ、となりました。

 

椰月 ありがとうございます。実際に書いている時は特に意図しているわけでも、計算しているわけでもなくて、それはもう、感覚としか言いようがないんです。譬えて言うなら、ビルの合間のような狭い道を自転車で走っているような感覚。右にそれたら壁にぶつかってしまうな、左に傾いたら当たってしまうな、みたいな。だから、ぶつからないように、ハンドルを小刻みに揺らしながら、自分が一番ちょうどいい場所を見つけながら走るのと同じような感覚で書く感じです。こういう場合の啓太はこんな風に思うんだろうな、と。ごめんなさい、こんな説明じゃ全然わからないですよね。

 

吉田 いや、よく分かります。椰月さんの頭の中では、啓太というキャラがちゃんと出来ていて、だから啓太がどういうことをするのか、理屈ではなくて「わかっている」。ということですよね。

 

椰月 そうですね、理屈ではなくて、バランスをとる感じで書いてますね。

 

 

吉田 「緑のなかで」には、様々な登場人物が出てきますが、緑旺寮の子たちがまたいいんですよね。北大生ということもあるのかもしれないんですが、一様に伸びやかで。彼らの真っ直ぐさが、すごくいい。

 

椰月 物語に出てくる彼らは、北大のあのキャンパスのイメージ通りの子どもたちで、彼らをみんな大好きに描きたかったんです。ちょっとだけしか出てこない子もいるんですが、全員に等しく愛情を注いで描きました。

 

吉田 『緑のなかで』が特別、ということ?

 

椰月 登場人物たちにはいつもそういう感じで書いているんですが、今回は特にその想いが強かったですね。

 

吉田 北海道マジック、みたいな。

 

椰月 北海道びいき、かもしれません。北海道での取材がすごく印象に残っていて、「小説宝石」連載時には、恵迪寮のこととかもすごく細かいところまで書いてしまいました。なので、単行本にする時は、削りに削って最終稿にしました。(連載時と比べて)こんなに削った小説は初めてです。

 

吉田 読み終えた後に、啓太はもちろん、物語に出てきた子たちのその後が無性に読みたくなります。ぜひ、続編を!

 

椰月 そこはまだノーコメントにしておいてください(笑)。

 

 

文:吉田伸子

 


『緑のなかで』光文社
椰月美智子/著

 

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