「ブラカドイって、なんだろう?」座談会
イベント・ニュース

2018年11月21日、京都・東華菜館本店にて収録

 

門井慶喜さんの案内で各所の近代建築の名作をめぐる、「ブラカドイ」という集まりがあります。作家・編集者・書店員と様々なメンバーが揃う会の、成り立ちと魅力を語ってもらいました。

 

永井 「ブラカドイ」の一参加者として、改めて仕掛人のみなさんにお聞きしたいと思うのですが、そもそものはじまりは何だったんですか?

 

大崎 光文社の「リクエスト・アンソロジー」(『大崎梢リクエスト! 本屋さんのアンソロジー』光文社文庫)で、門井さんにお声がけさせていただいたんです。無事に刊行されたあと、打ち上げの席で、門井さんと万城目学(まきめまなぶ)さんの共著『ぼくらの近代建築デラックス!』(文春文庫)の話題が出ました。それで、同席していた横浜在住の作家さんたちと、横浜でも近代建築を巡る会をして下さいとお願いしたんです。

 

門井 その時は確か、お断わりしたんですよ。横浜在住の作家さんたちを前に、横浜の近代建築を語るなんて、おこがましいですから。

 

永井 それがどうして、引き受けていただけることになったんですか?

 

大崎 そこで登場するのが、影のフィクサーである紀伊國屋書店横浜店の川俣さんです。

 

川俣 影のフィクサーなんて、そんなんじゃないですよ(笑)。

 

門井 いえいえ。僕は、光文社の鈴木一人(すずきかずと)さんと書店に伺った時に、「彼女はこう見えて、横浜の影のフィクサーです」と紹介されましたよ。そしてその川俣さんから改めて、「横浜の近代建築を巡る会をして下さい」と言われたんです。

 

川俣 はい。大崎さんからお話を伺っていて、ぜひやっていただきたいと思っていたので。

 

門井 しかし、僕としては既にお断わりした話だと思っていたので、川俣さんから言われた時には、冗談半分に「ああ、ええ」と、曖昧な返事をしていたんです。それがいつの間にか現実になっていた。

 

川俣 鈴木さんが、一気に実現に向けて動いて下さったんです。

 

永井 なるほど。それが二〇一五年ですね。初回から、横浜だけじゃなく、名古屋の方も多く参加されていますよね。

 

大崎 門井さんのスケジュールの都合もあり、鮎川哲也賞の翌日に開催することになったので、上京している名古屋の作家さんにもお声がけしたんです。

 

川俣 門井さんのお話が聞こえる人数にしなきゃいけないと思っていたので、少しずつお誘いしていたんです。

 

永井 私はそもそも、どなたからお話をいただいたのか、ぼんやりしているのですが、聞いた瞬間、「楽しそう! 行きたい」と。

 

大崎 なんで自分が誘われたのか分からないけど、メンバーになっているという方は意外と多いかもしれません。

 

永井 「ブラカドイ」という命名は、どなたがなさったんですか?

 

大崎 私です。このイベントについて説明するときに、「『ブラタモリ』の門井さん版よ」と言うと、伝わりやすいので。

 

門井 僕は認めていないんですよ。あの人気番組にあやかるのはおこがましいですから。だから自分からは「ブラカドイ」とは言いづらいですよね。いつの間にか、旗までできてしまって。

 

永井 しかし、毎回、本当に素晴らしい解説をして下さいますが、どうしてそんなに近代建築に詳しくなられたんですか?

 

門井 元々、文化財がみんな好きなんです。お城もそうですし、例えば、江戸時代の瓦版などを見るのも好きでした。その中で近代の文化財と言えば、近代建築でしょう。それに、そちらのお仕事も増えていき、勉強する機会が増えていったという。

 

永井 ご著書でも、近代建築を扱われていますよね。『屋根をかける人』(KADOKAWA)は、アメリカ人建築家メレル・ヴォーリズの生涯を描かれていますよね。

 

門井 ここ東華菜館も、ヴォーリズの設計によるものなんです。先ほど、みなさんが乗ったのは、日本で稼働する最古のエレベーターなんですよ。

 

——こうして始まった「ブラカドイ」。初回の開催地は、所縁(ゆかり)の深い横浜から。一回目の解説から、只者ではない門井節に、参加者全員が感動。

 

 

永井 記念すべき第一回は、二〇一五年。みなとみらいの駅に集合して、ランドマークタワーにあるドックヤードガーデンで解説をいただきました。

 

門井 そうでしたね。あれは、日本最古の石造りの造船所跡として、ご紹介しました。

 

大崎 私、忘れられないのが吉川英治(よしかわえいじ)さんのエピソードです。

 

門井 ああ、吉川英治さんは、元々、あの造船所で働いていたんです。しかし、仕事中にあのドックヤードで大けがをして生死の境を彷徨(さまよ)った。その時、ご両親が病床の枕元で「もう働かなくていい。お前の好きに生きていい」と言って、「それならば小説を書きたい」と、みるみる快復していった。いわば吉川英治の原点と言える場所だったんです。

 

永井 改めて聞いて、拍手しちゃいますね。

 

川俣 毎回、門井さんの解説の後には、拍手をするのも恒例になっていますよね。

 

大崎 あと覚えているのが、猫の話。幕末の金流出に関するエピソードで。

 

門井 はい。幕末、金の海外への流出が大問題だったんです。しかし逞しい商人たちの中には、小判を売るブローカーが出てきた。しかしいわば闇取引ですからね。小判を隠語で「ネコ」と呼んだんです。すると、それを聞きつけた銚子辺りの漁師が、「どうやら横浜では、外国人が猫を高値で飼ってくれるらしい」と、猫を山ほど集めて船に積んで横浜に来て、外国人に猫を売りつけようとした……と、こんな話でしたよね。

 

大崎 そうです。初回でこれですから、門井さんは只者じゃない! と。

 

永井 門井さんが解説を始めると、私たちはもちろん、通りすがりの方も足を止めて、聞いていましたよね。伊勢佐木町(いせざきちよう)の不二家のビルの前では、「どこの先生なの」と、聞かれました。

 

大崎 そうそう。あの不二家のビルは、長らく横浜を歩いていても、近代建築と気づかない人も多いと思いますよ。

 

門井 伊勢佐木町の不二家のビルは、一見すると四角い普通のビルに見えるんですが、戦前に建てられているものなんです。いわゆるモダニズムの走りですね。

 

大崎 神奈川県立歴史博物館の建物も、立派でしたよね。元々、横浜正金(しようきん)銀行だったんでしょう。今回、京都でも旧日本銀行京都支店がとても立派だったんですが、やはり銀行はお金をかけて作るんですね。中を守らなければならないからかしら。

 

門井 正にその通りです。中に納められている金を守る役割もあります。そして、役所と銀行を立派に建てているのは、京都や横浜だけではありません。旧盛岡銀行も、佐賀の旧唐津銀行もそうですね。銀行として使われなくなったものも多いですが、近代建築として素晴らしいものなので、現在も残っています。

 

川俣 参加されたみなさんも、本当に楽しんでいらっしゃいましたよね。

 

永井 ミステリー作家の方が多いので、「この建物なら、何処に死体を隠すか」と、歩きながら話し始めて、「このトリックならいける」とか、色々とアイディアが止まらない。それを聞いているだけでも楽しかったです。

 

大崎 この横浜が楽しすぎたので、もう、その日の打ち上げの時には既に、「次は何処に行こうか」って話し合っていましたね。

 

永井 でも、門井さんは新幹線の時間があるから、中座してお帰りになりましたね。

 

門井 確か、そうでしたね。

 

大崎 でも、次の行き先も門井さんの解説ありきで話は進んでいました。吉野万理子(よしのまりこ)さんが「富岡製糸場に行ってみたい」と言い出して……。

 

川俣 それならば、バスを借り切って行きましょう、そのために人数を増やしましょうと。

 

永井 そして、翌年にはバスツアーになったわけですね。

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