2018/12/24
吉村博光 HONZレビュアー
『感動の創造 新訳中村天風の言葉』 講談社
平野 秀典/著
私が「中村天風」の名を初めて耳にしたのは、福岡・柳川の舟のうえだった。川下りの船頭が、ご当地ゆかりの人物として、その名をあげたのである。中村天風は、1876年に東京で柳川藩(立花家)の血縁者として生まれた。16歳で満州に渡り陸軍の諜報部員として活躍。戦地で患った死病をインドで克服した後、成功哲学の祖として、名をなしたという。
天風哲学の祖となった経緯について、詳しくはHONZ(https://honz.jp/articles/-/45022)に書かせていただいたので、ぜひそちらをお読みいただければ幸いである。「100年も前に、こんな凄い日本人がいたのか!」と驚かれることだろう。
船頭はその後、彼の影響を受けた人物として、「松下幸之助、原敬、東郷平八郎、稲盛和夫・・・」とビッグネームを次々にあげた。帰京後、私は彼の足跡を調べた。すると、広岡達朗や松岡修造など一流アスリートも彼の名に連なっているではないか。そしてさらに最近では、メジャーリーガーの大谷翔平選手も彼の本を読んでいるそうなのだ。
いずれも、颯爽としていて、堂々とした人物である。憧れる。
私は、成功哲学が好きな、マッチョなビジネスマンではない。もし私が単純にそれを求めていたなら、そもそも、文学部になど入らなかっただろう。経済学部にも入れたし、物理も化学も得意だったので、理系に進むこともできた。
若かった私は過剰なまでに、環境破壊などの社会問題に反応していて、「経済成長」や「富」などに背を向ける道を進んでいたのである。大学では、図書館に入り浸って、ただただ本を読んで過ごした。当時、書店では『清貧の思想』がベストセラーになっていた。
豊かさに背を向けていた私は、早速それを読んでみた。でも、案外しっくりこなかった。「もっと命を燃やしたい」と感じたのである。自分がまだ若いからだと思った。でも、それだけでは説明しきれない何かが、以来ずっと頭の奥に雲のように広がっていた。
そしてじつに、30年近い時を経てその曇りが晴れた。本書の次の言葉を目にした時のことである。
欲を捨てることはできない。
捨てようとすること自体が欲だから。
楽しい欲をどんどん燃やせ。
人の喜びをわが心の喜びとすることが、
最も尊い欲だ。 ~本書より
欲を捨てるのではなく、「真善美」「進化」「向上」という大きな欲を燃やすことの大切さを、本書は説いている。先ほど名前をあげさせていただいた、颯爽とした方々の面影を思い浮かべつつ、納得した気持ちになった。中村天風は、こんな言葉も遺している。
他人の喜ぶような言葉や行いを、
自分の人生の楽しみとするという
尊い気分になって生きてごらん。 ──中村天風『盛大な人生』
本書は、「地位」「お金」「名誉」を求めるための成功哲学の本ではない。失敗しても挫けず、大欲のために爽やかに生きていくための本なのだ。「おかげで成功できました」と御礼を述べた弟子に「まだ何もわかっていないな」と答えたという逸話も残っているという。
天風の辻説法開始からもうすぐ100年。欧米の巨大企業が、瞑想やヨガなどの注目している今。天風哲学について私は、マインドフルネスとレジリエンスが一体となったような、恐るべき力をもっていると感じた。
本書は、小さな欲を満たすためにいきり立つ人々の狭間で、颯爽と生きていくための「人生の幹」を作ってくれる。
『感動の創造 新訳中村天風の言葉』 講談社
平野 秀典/著