2018/12/24
金杉由美 図書室司書
『皇室の祭祀と生きて 内掌典57年の日々』河出書房新社
高谷朝子/著
宮中の奥で暮らし、朝から晩まで細かいしきたりに従い、ひたすら神事に奉仕する。
髪を何時間もかけて結い上げ、24時間365日を着物で過ごし、身の回りの物すべてを清め、肉食を断ち、食事の仕方も眠る姿勢も厳しく定められている。土曜も日曜も有給休暇もない。賢所(かしこどころ)と呼ばれる神殿から外に出ることなく、毎日を過ごす。
こんな生活をしている女性たちが存在する。
平安時代の話ではなく、21世紀の日本に!
彼女たちは「内掌典」。
皇居の中で皇室のおこなう神事の補佐を、その職務とする。
本書の著者は、2001年に退官するまでの57年間を内掌典として勤めてきた女性。
現在では、「永年の勤務は本人の人生さえ変えてしまう」という理由で、この仕事は4年間の交代制となっているという。そのため、著者は生涯を「内掌典」に捧げた最後のひとりである。
彼女たちは「巫女の中の巫女」とでもいうべき存在なので、日常生活においても常に身を清めていなければならない。
これが、それはもうとにかく、すさまじい。
トイレに入るときは着物をすべて着替える。中では絶対に着物に触らない。出るときは桶の水を手にかけて清め、更に水道水で洗う。
血は穢れなので、手に怪我をしたり生理になったりしたら仕事はできない。生理の時の日用品は、化粧品から食器に至るまで専用のものを使う。
下半身には手を触れない。もし触れてしまったらその度に水や塩で清める。
足袋を触ったら清める。お金を触ったら清める。郵便物など外から来たものを触ったら清める。
なんでもかんでも清める。
潔癖症も真っ青の清め地獄。
寝るときの作法にも厳密な決まりがある。
布団は風呂敷に包んで出し入れし、床に直には置かない。上半身が触れる部分と下半身が触れる部分を峻別する。表と裏も峻別する。手順を間違えたらシーツやカバーを全部取り換えてやり直し。
足は穢れているので長い夜着でくるみ、布団に直接触らないようにする。だから寝相が悪いのはNG。
……気が遠くなるほど、めんどくさい。
刑務所に収監されていたって足を触るなとまでは言われまい。
当然、刑務所と違って必要があれば外出は出来る。しかし、もちろん外の世界は穢れだらけだから大変だ。
外泊したりしたら外のものを食べて体の中まで穢れているので一日以上かけて清めまくる。
ちなみに著者が初めて外出したのは戦後初の衆院選選挙のときだというから、職に就いてから3年間は皇居から一歩も出ていなかったことになる。
神事は毎日執り行われるので休日はない。
朝6時に起床してから夜9時過ぎに寝るまで、基本的に同僚や上司と一緒に過ごす。
正月休みもない。むしろ正月はいつもより更に忙しい。
元旦の起床は午前零時。これ朝じゃないよね……。まだ年越し蕎麦食べている途中の人いるよね……。
ブラック企業も真っ青の労働条件。
わあ!不自由すぎる!こんな生活ありえない!
さすがに労働基準法に違反するということで休暇はとるようになったというが、それでもね……。
けれども、彼女たちは誇りをもって、伝統を守る仕事に勤しんでいる。
その揺るぎなさには驚かされるし、シンプルに感服する。
本書で語られている宮中での暮らしは、しきたりにしばられてはいるけれど、四季のうつろいを五感で味わい、折々の行事を楽しみ小さな出来事に喜びをおぼえる、ゆとりある生活だ。毎日を丁寧に大切に感謝の気持ちをもって過ごす、そんな日々は清らかで美しい。
この本は、内掌典の口伝だったしきたりが初めて明文化された貴重な記録。
そして神道や皇室に興味のない人たちにも、きっと響くところのある一冊だ。
彼女たちが使用する御所言葉や衣食住、そのすべてが、現代の日本人からみると異文化以外の何物でもない。
東京のド真ん中にこんな異文化ワールドが存在しているなんて、まったく知らなかった!
畏るべし、皇居の森。
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