ryomiyagi
2020/03/03
ryomiyagi
2020/03/03
離れた実家で一人暮らしをしていた糖尿病の父が認知症になった。買い物も食事も普通にでき、ケアマネージャーもついていたので、娘である主人公は安心していた。が、実は薬も飲んではおらず、甘い物は食べ放題の生活だった。
血糖値が急上昇し、救急搬送、入院、施設探し。
主人公はあわてる。きょうび、よくある話かもしれない。
しかし悪いことは重なる。前後して主人公の夫の肺癌発覚。
主人公は一人っ子で、夫と二人だけの都会暮らし。実質孤立無援状態で夫と父の間を行ったり来たりするはめになる。つい昨日までどこにでも一緒に出掛け、元気に笑っていた夫が末期癌と知った時の絶望感。そこに容赦なくかかってくる父の奇行による施設からの苦情の電話や病院からの呼び出し。
父は九十三歳だ。劣等感が強く、歪んだ支配欲を持ち、他人を振り回した挙句に他人の落ち度は責め、親戚にまで見捨てられているが、認知症になってさらにその傾向は強まった。
一方、主人公の夫は芸術家気質でプライドが高く、人に弱みを見せられない性格だ。誠実な良き夫だが、仲間に裏切られ、精神を病み、失意のままこの世を去ろうとしている。
認知症になった父は、いや認知症になる以前から、そんな娘の状況を理解し思い遣る心などはない。主人公は疲れ、極度の不安に襲われ、追いつめられ、父を憎むようになる。
人を苦しめるために長生きをするかのような父。
尊敬できない父。はやく、死んでほしい。思わずこぼれてしまう、神に聞かれてはいけない呟き。
愛する夫はまだ六十代なのに、もう生きられない。なぜ? これは罰なのか、自分たちのこれまでの生き方が悪かったのか、思えばキリギリスのように生きてきた主人公と夫。
核家族化と長寿化が進む現代、遠距離介護や経済的不安、建前は立派だけれど、さほど頼りにならない支援体制、そういった背景を踏まえ、私の体験を投影し、書き終えた。
『愛するいのち、いらないいのち』著者新刊エッセイ
冨士本由紀/著
【あらすじ】無職の夫と築45年の団地で倹しく暮らす59歳の私。遠い実家で独居する惚けた父の介護に行き来する日々。入退院、施設探し、実家の管理。時間に、お金に、人間に振り回され、仕事は、定年は、介護の終わりは…。還暦を迎える女のリアルな日常が胸を衝く、切実小説。
【PROFILE】ふじもと・ゆき 1955年島根県生まれ。1994年「包帯をまいたイブ」で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。『ひとさらいの夏』『勘違いしそうに青い空』が話題となる。
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