ryomiyagi
2020/02/29
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2020/02/29
『君がいないと小説が書けない』新潮社
白石 一文/著
恋愛を軸に物語を紡ぎながら「生きるとはどういうことか」「死とは何か」「自分とは何か」「私たちが生きている世界とはどういうものなのか」などを問い続ける直木賞作家の白石一文さん。新作『君がいないと小説は書けない』は自身の人生と運命をつぶさに綴った圧巻の自伝的小説です。
「僕はエッセイを書かないし対談もやらない。小説しか書けないんです。というのも、生活がものすごく単調でつまらなくて、エッセイに書いたり対談で話したりするようなネタがないから(笑)。子どものころも本ばかり読んでいたので、趣味もない。本以外の人生は捨てたようなものなんです、ホントに(笑)」
白石さんは、少し早口でそんなことから話し始めました。
「小説の冒頭に出版社時代の上司と、お世話になった弁護士さんが亡くなったと書いたのですが、これはどちらも事実です。文藝春秋時代の上司で、のちに社長になられた方が亡くなられてお別れの会に行ったのですが、自分でも意外なほど悲しかった。改めてふりかえると、彼のことが自分の中でいろいろと残っていたんです。それであれこれと思い出しているうちに、その方は亡くなってしまったけれど、今、この瞬間はどうしているんだろう、何をしているんだろう、と考えまして……。すると、これまで関わったいろいろな人たちのことが思い出されてきました。それでエッセイの代わりに、さまざまにデフォルメし、直接かかわる方には許可を取るなどして、自分自身を一人称にして小説として書こうと考えました」
物語は小説家・野々村保古が出版社に勤めていたころのこと、上司や同僚のこと、出会った作家たちのこと、小説家の父親のこと、前妻のこと、会えないまま成長した息子のことなどを思い出しながら、「自分は書くために彼らと過ごしていたのか」「私は“私を体験する”ことによって私なりに私でいられるに過ぎない」「私は何か根本的なところで人生行路を見誤ってしまった気がする」など自問自答を繰り返します。野々村を支えるのは最愛の妻・ことり。彼女がいるから自分の生活も安定すると野々村は自覚していました。ある日、ことりは母親が倒れたため実家に戻ります。ところが、野々村は、いるはずのない場所でことりを目撃し……。
「今回書きたかったことの一つに、うちのかみさんがいなくなったら自分はどうなるのか、ということがありました。僕は自分が彼女に著しく依存していることを実感してまして(笑)。年も上ですから先に死ぬのは自分だと思っていますが、もし彼女がいなくなったらどうなるんだ、とシミュレーションしておきたかったんです」
白石さんは照れたように笑いながら、言葉を紡ぎます。
「これまで“なぜ小説の中に余計な理屈を書くのか”と思っていた読者もいたと思いますが、この小説では僕が何をどう考えているか書いたつもりです。たとえば、僕は人間の人生は炎みたいだと考えています。人間は“生まれて子どもから大人になって徐々に死へ到
達する”のではなく、パッと炎が現れて人生がメラメラ燃える。だから、自分の命を時間や善悪、楽しい楽しくないといった尺度だけで捉えないことです。人生は大きな意味で時間が逆になっていき、生まれた瞬間に戻っていくようなもの。いろいろな経験をし、火の
玉のように燃えながら生きればいいと思っています」
出版社の内情や作家の日常などディテールを垣間見ることができる面白さと、哲学的思考が深まる知的興奮を同時に味わえる並み外れた語りが魅力の“神”小説です。
おすすめの1冊
『清く貧しく美しく』新潮社
石田衣良/著
「男は非正規雇用として働き、女はパートとして働いているのだが、男に正社員になる話が出て……。経済的豊かさから始まる価値観の違いを描いている。今の小説はほとんど読まないのだが、久しぶりに面白かった一冊」
PROFILE
しらいし・かずふみ◎’58年福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。文藝春秋勤務を経て、’00年『一瞬の光』でデビュー。’09年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で第22回山本周五郎賞を、’10年には『ほかならぬ人へ』で第142回直木賞を受賞
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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