ryomiyagi
2020/02/15
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2020/02/15
『あたしたち、海へ』新潮社
井上 荒野/著
「’15年ごろだったと思うのですが、新聞で10代の女の子が2人一緒に自殺したという記事を読みました。子どもが死ぬ、それも2人一緒に、ということが何ともつらく、心に残りました」
井上荒野さんの新作『あたしたち、海へ』は、3人の女子中学生たちの孤独と再生を柔らかい筆致で描く長編小説です。
物語は、有夢と瑤子が自転車で20キロ離れたH町に向かうシーンから始まります。H町には2人の幼なじみ・海が住んでいました。海は2人と同じ私立女子中学校に通っていましたが、マラソン大会をきっかけにクラスのボス・ルエカからひどいいじめを受けるようになり、転校。しかし、ルエカは海が転校しても許さず、海と仲のよい有夢と瑤子をもターゲットにしていじめを激化させていきます。
「2人が亡くなった理由は書いていなかったのでわかりませんが、この子たちはどうして死のうと考えたのか、いつ2人で死ぬことを決めたのか、そのことについてどんな話をしたのか、どんな日々を送っていたのか、と考えました。
死ななければならないほどつらいことって何だろうと考えたとき、いじめが浮かびました。私たちが子どものころはいじめる子もいましたがかばう子もいました。でも、今のいじめは本当に陰湿で……。私は昔から同調圧力が大嫌いで、その最たるものがいじめだと思っています。だから絶対に許せない」
本欄には何度もご登場いただいている井上さんですが、これまで聞いたことがないほど強い言葉でそう言います。
作中、担任の女教師は海がいじめられていることにうすうす気づきつつも、具体的な行動を取ることはしません。
「口では子どものことを思っているようなことを言って、実際は気がつかないフリをする大人も多いのではないでしょうか。そもそも、いじめは子どもだけの問題ではなく、日本社会全体の問題です。たとえば、勝ち組負け組という発想が広まっていますよね。金持ちや人より美しいとか強いと勝ち組とされ、そちら側に行かないと終わり、と。こういう価値観が親や社会、あるいはテレビの中でも蔓延していて、それがみんなに染みついている気がしてなりません。障害者問題もレイプの問題も根っこは同じ。誰もが勝ち組になるために自分より弱い存在を攻撃する。そして、生きていくために仕方がない、とそれ以上考えないようにしている。でも、そんな世界に生きるのはみんな苦しいと思うのです」
有夢と瑤子はルエカからいじめられますが、彼女たちを苦しめるのはそのいじめが海との友情を裏切らせる内容だったから。2人は大好きなミュージシャン、リンド・リンディの歌から“ペルーへ行く”を合言葉に日々を耐えるようになります。読み進めるにつれ、この言葉が死を指すと気づき、2人の絶望の大きさに胸が痛みます。
「ペルーという言葉は、突然、思いついたんです。今いる場所がつらいならほかのところに行けばいい、どうせ行くなら地球の裏側に行けばいい、と思っていたからかもしれません(笑)。それでネットで調べてみると、すごくきれいな色をしたオウムがいる国立公園の写真が出てきました。そこからイメージが広がっていきました。
いつもは結末を決めずに書き始めるのですが、今回は初めから3人を生き延びさせるつもりでした。1人でも気づく大人がいたら助かることを書きたかったですし、子どもたちにも逃げ道は必ずあるよ、と言いたかったんです」
読後、心の中に希望の光がともる本作。人間関係に行き詰まっている人もそうでない人も必読です。
おすすめの1冊
『刑罰』東京創元社
フェルディナント・フォン・シーラッハ/著 酒寄進一/訳
「シーラッハの作品は好きで全部読んでいる。著者はもと刑事事件弁護士で、本書は『事実は小説より奇なり』というような作品を収録した短編集。一つひとつは短いが、人が犯罪に手を染める道筋にびっくりさせられる」
PROFILE
いのうえ・あれの◎’61年、東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。’89年「わたしのヌレエフ」で第1回フェミナ賞を受賞し、デビュー。’04年『潤一』で第11回島清恋愛文学賞、’08年『切羽へ』で第139回直木賞、’11年『そこへ行くな』で第6回中央公論文芸賞、’16年『赤へ』で第29回柴田錬三郎賞、’18年『その話は今日はやめておきましょう』で第35回織田作之助賞を受賞。
聞き手/品川裕香
しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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