絶望の淵にある子どもをいかに救うか、真摯に考える『いじめで死なせない』

古市憲寿 社会学者

『いじめで死なせない』新潮社
岸田雪子/著

 

暴行、傷害、脅迫、器物破損、強盗。
大人の世界では法律によって「罪」として裁かれることが、ある場所ではある言葉によって曖昧にされることがある。
「学校」における「いじめ」だ。立派な刑事事件になってもおかしくない犯罪が、なぜか学校という場で起こると「いじめ」の一言で片付けられてしまうことがある。結果、この国では多くの子どもたちが自ら命を絶ってきた。

 

『いじめで死なせない』は、いじめ取材を通して、絶望の淵にある子どもをいかに救えるのかを真摯に考えた本だ。

 

本書で紹介される事例は、どれも「犯罪」といって差し支えないものばかり。ある小学生は、同級生から50万円あまりのお金を恐喝され、日常的に暴力をふるわれていた。興味深いのは、被害少年の親が、加害少年と対峙するシーン。加害少年は、落ち着いた様子で巧妙な言い訳を被害少年の親に告げる。そして一時は親もその言葉を信じてしまったという。

 

この本の読みどころの一つは、きちんと加害少年にもアプローチしているところだ。2011年に起こったいじめ自殺事件の裁判で証言に立った少年は、被害者は「おいしいところもあった」と答える。クラスの中で笑いがとれていたので、本人にとっても良かったではないかというのだ。
また別のいじめ加害者は「連帯感」を理由に挙げる。グループ行動の多い学校で居場所を作るために、いじめは「仕方ない」という。

 

 

このような事例は、いじめ問題の根深さを読者に突きつける。なぜなら、連帯感を醸成するために誰かを仲間はずれにするなんてことは、大人の世界でも日常茶飯事だから。
この本は「いじめは子どもの世界のことで、大人には関係ない」という固定観念を崩してくれる。大人の世界で起こっていることが、ほとんどそのまま子どもたちに起こっているのだ。

 

違うのは、多くの子どもは逃げられない状況にあること。学校は日本有数の密室空間だ。そして密室空間は、犯罪の温床になりやすい。大人は自己責任で転職や起業もできるし、部署異動の希望も出せるが、子どもにそれは難しい。

 

では大人に何ができるのか。そのヒントに溢れた本だ。

 

著者は日本テレビ記者(解説委員)の岸田雪子さん。ふんどし愛好家としても有名だが、ママチョイニュースやママモコモなど、母親を応援する活動も積極的に行う。育児の当事者ならではの、切実で繊細な本だと思う。子どもの時間感覚は大人とは違うのだから、「あと半年で卒業(だから我慢して)」といった言葉が子どもを追い込んでしまうという指摘はなるほどと思った。

 

『いじめで死なせない』新潮社
岸田雪子/著

この記事を書いた人

古市憲寿

-furuichi-noritoshi-

社会学者

1985年東京都生まれ。社会学者。『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)で注目を浴びる。

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