大地に立った目線で街をみること『マイパブリックとグランドレベル』

大杉信雄 アシストオン店主

『マイパブリックとグランドレベル――今日からはじめるまちづくり』晶文社
田中元子/著

 

東京・神田神保町へ私たちの店舗と事務所が移転したことで、終業後は大雨でもない限り、たいてい自宅の港区まで1時間を歩く。道中は道幅も広く平坦、初夏の夕刻は快適だ。神田の繁華街から大手町の官庁や大企業が立ち並ぶ高層ビル群を通り越し、東京駅前から銀座の商業地区へ。

 

ところがこの風景に、あることを発見した。たくさんの省庁関係者やビジネスマン、そして買い物客が集まる街なのに、目的の建物に急ぐ人ばかりで立ち止まる人は誰もいない。なるほど、この街の路上にはベンチや腰掛けの類がほとんど存在しないのだ。

 

大手町のビル街はともかく、新しく整備が整った東京駅の中央広場でさえ、植え込みの縁石をベンチ代わりに利用することはできるが、この風景を眺めにやってきた人々の人数には足りず、週末には溢れた人たちが立ち尽くす。ビルの敷地にはオブジェが置かれ、樹木が植えられているが、人が立ちどまったり座ったりすることができる空間は巧妙に排除されている。もしこの場所で気分が悪くなりでもしたら路上にしゃがみ込むしかない。

 

座るところがないので立ったままで携帯電話をあやつるサラリーマンたち。
座れないので柱にもたれかかるしない。

 

防犯上の理由からベンチを排除したい、というのはわからないではないが、大都市で働く、暮らす人が街なかで立ち止まって、風景を見渡す。ひと息つく。そんな潤いが失われてゆくのではないか。そんなことを考えていた時、神田の街に「ベンチを取り戻そう」という運動があることを知った。本書を執筆された田中元子氏らが発起人となった「神田ベンチプロジェクト」だ。

 

本書によるとニューヨーク市ではこの大手町・有楽町地区とは正反対に、2011年から市内のベンチを増やす市のプロジェクトが始まっているという。ベンチの存在は、ニューヨーク市民にとってコミュニケーションの場を作る効果があり、市民の外出を促進することで健康度を高め、医療費の抑制にも繋がるという。すでに2000個のベンチをを設置した後、市民から好評価を受けてさらに数を増やす方針であるとのことだ。
(参考:http://www.nyc.gov/html/dot/html/pedestrians/citybench.shtml

 

丸の内仲通りの数少ないベンチ。

 

本書で「都市の居心地とはなにか」について田中氏はこう書いている。

 

『都市部だからこそ、自分が声をかけてもよい、自分がそこに存在することが許されている、居心地がよいと多くのひとに思われるような、ひらかれた場所は、ほとんどない。自分が存在すると同時に、何者かがそこに存在しているとき、そしてそれが、邪魔や攻撃でもしてこない限り、ひとは、自分がそこに存在することが許されているという、一種の安心感を得るのではないだろうか。』

 

都市の安心、安全を人が大地に立った目線で考える。それが著者のいう「グランドレベル」という視点だ。2020年に向けて多くの人が集まる街になる東京に、ここで暮らすわれわれ生活者はどう関わってゆけるのか、それを考えさせてくれる一冊だ。

 

『マイパブリックとグランドレベル――今日からはじめるまちづくり』晶文社
田中元子/著

この記事を書いた人

大杉信雄

-oosugi-nobuo-

アシストオン店主

1965年、三重県生まれ。良いデザイン、優れたインターフェイス、使う楽しさを与えてくれる製品を集めた提案型の販売店「アシストオン」店主。


「アシストオン」:http://www.assiston.co.jp

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