akane
2019/04/09
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2019/04/09
春の第91回選抜高校野球は「持ってる男」石川昂弥の活躍で愛知の東邦高校が千葉の習志野高校を6対0で破り、平成最後の優勝を果たして幕を下ろした。
下馬評を覆して決勝まで進出した習志野高校に2回戦で敗れた大会屈指の好投手、星稜高校の奥川恭伸投手についてまずは触れたい。
奥川の魅力は何と言っても、その完成度の高さにある。150キロの速球にスラッターと言うよりは純粋なスライダーとスプリットを中心に、「8割の力感」で投げる最適バランスの境地に近づきつつある。18歳という年齢を考えれば驚異的だ。「本質的先発投手」の素養を兼ね備えていると言っていいだろう。投球スタイルや投球フォームは、オリックスで先発投手として輝き始めている山本由伸に近い。現時点での完成度の高さや球種の豊富さで言えば、高校時代の田中将大を上回っているというのも確かであろう。
そんな奥川の課題を敢えてあげるとするならば、2ストライクと追い込んでからの投球である。特に習志野との試合で気になったのが、決めにいくボールで力んでしまい、かえってスピードや変化の質が落ちて打たれていた点だ。
もちろん、高校3年生にそこまでの水準を求めるのは酷であるし、まだ春である。これからどんどん伸びていくだろう。既に完成度は高いだけに、今後レベルアップしていくとしたら出力そのものと、「ここぞの場面」での精度だろう。そうした面では、近年夏の甲子園で優勝してプロ入りした西武の高橋光成や今井達也はさらに上をいっていたように思う。
敢えて注文をつけるのであれば、このクラスの投手があっさりと2回戦で負けているようではダメで、運やめぐり合わせに左右されないレベルで圧倒することが求められるだろう。もちろん野球は投手一人ではできないので、野手の打撃や守備でのサポートも求められる。完成度が高すぎると、得てしてそこからの伸びしろが小さくなりやすかったり、使われすぎてしまうきらいもあるから注意したいところだ。
そんな好投手の奥川を打ち崩して波に乗り、決勝まで進出したのが千葉の習志野高校である。インタビューを見ても人格者で、「こんな指導者についていきたい」と思わせる小林徹監督の下、素晴らしい野球を展開した。ただ、敗退した星稜高校から試合後にサイン盗みを疑われ、抗議を受けたことが話題となった。
実際にしたかどうかは断定できないとは言え、サイン盗みや癖盗みは野球においてはある意味「やって当たり前」である。
第三者目線、ファン目線で見れば、クリーンで正々堂々とした、スポーツマンシップに則った爽やかな戦いが見たいのは当然だろう。一方で自分が実際に勝負の現場にいたとしたら、どうだろう。バレない限り、ルール違反で懲罰を受けない限りはどんなことをしてでも勝ちたいと思う心理が働くのもまた当然だろう。特に、トーナメント制かつ人生に1回あるかどうかの甲子園という晴れ舞台なら尚更である。
サイン盗みや癖盗み、スパイ疑惑は昔からプロ野球でもあるし、「#お股本」こと拙著『セイバーメトリクスの落とし穴』でも書いたように、MLBでも蔓延している問題ではある。こうした「本音と建前」の葛藤、勝利至上主義と倫理観の矛盾に頭を悩ますのもまた、野球らしいと言えば野球らしい。
厳密に言えば、サイン盗みと癖盗みは異なるものである。古くから多くの一流打者が、相手投手の癖を盗んで攻略してきた。ほんのわずかなユニフォームのシワやグラブの角度や動き、仕草や表情、ボールの発射角度の違いなどから球種を特定し打ち崩してきた。2013年に楽天に入団したアンドリュー・ジョーンズがキャンプ初日、田中将大の投球を5球見ただけでスプリットかスライダーかの癖を見破ったというエピソードも記憶に新しい。
こうした、普通ではなかなかわからないようなちょっとした癖を盗むのも技術のひとつであり、逆に言えば癖の対策をしていくのも投手にとっては永遠のテーマである。人間だからどうしても癖は出るものであり、対策は本当に難しい。昨今ではAIや画像解析などのデジタル的な「目」によっても癖の解析が行われ、その精度は今後ますます高まっていくことだろう。
根本的に選手のレベルが上がっていくと、突き詰めれば相手のサインや癖を見抜いて球種やコースを特定した方が効率的になってくる。
2017年に世界制覇したヒューストン・アストロズが破壊的な打撃力を誇ったのは、癖の分析に定評のあったベテランのカルロス・ベルトランが在籍していたことも大きい。そのベルトランが引退し、当時コーチを務めていたアレックス・コーラ氏がレッドソックスの監督に引き抜かれたアストロズの、昨季の打撃力が2017年程ではなかったのも決して偶然ではないだろう。高校野球で走者が出るととりあえず送ってセカンドに進めたがるのも、サインをセカンドから送りたいという思惑もあるからだろう。
こうした観点から言うと、癖盗みやその対策は「技術のひとつ」であるとも捉えられるし、禁止する必要はないだろう。サイン盗みも本来は望ましくないが、守備側がそれを見抜いた上でサインを変えたりコース偽装をしたりという対策を実行できるかも、対応力や技術力が試されているとも考えられる。2009年の第2回WBCのキューバ戦で、ベンチからコース伝達の声が飛んでいたキューバ打線相手に松坂大輔と城島健司のバッテリーが敢えてミットを逆に構えて逆球を利用していたのは有名な話だ。
もし、こうした問題を根本的に解決したいなら、投手と捕手の帽子にヘッドホンを装着し、ベンチからサインを送ればいい。
高校野球だけでなくNPBやMLBでもサイン盗み対策として、走者がセカンドに出たりする度にサインを変えたり、複雑なサインを用いたりする。これは試合時間の長さにも繋がってくる。
本質的な議論をするならば、イヤホンでのサイン伝達という話は当然出てくるし、おそらく、いずれはこうした流れとなっていくだろう。球界のご意見番であるアストロズのエース、ジャスティン・バーランダーも以前から同様の提案をしている。
そうして、ベンチからAIによる判断も含めた合理的なサインが伝達され、選手がその指示をただ実行するだけのマシンとなっていくのか、それともそのサインに歯向かって自分の投げたいボールを投げる(例えば「ストレートで力勝負したい」など)こともあるのだろうか。
野球は基本的に投手有利のスポーツだから、完璧なボールを投げきれるのならおそらくは投手が勝利するだろう。以前の記事でも紹介した、打者の反応速度の限界を超えたマシンのような投球をするジェイコブ・デグロム(メッツ)やブレイク・トライネン(アスレチックス)のような怪物投手が出てくる昨今では、マウンドの高さを下げたり位置を後ろにずらしたりしようという議論が出てくるのも全く不思議ではない。
いずれにせよ最終的には哲学や倫理観、精神性の問題になると私は思うのだが、どうなるだろうか。興味は尽きない。
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