2018/06/28
今泉愛子 ライター
原稿を書いていて「もうムリ、書けない」と音を上げそうになることがある。書きたい文章のイメージはあるけれど、どうしても届かない。あまりに切羽詰まって泣きたくなるのだけど、そこで踏ん張ると、不思議な集中状態に陥ることがある。
そこは不思議な世界だ。雑音はすべてシャットアウトされていて、キーを叩いていると、脳が次第にフル回転し始める。果たして、これはゾーンなのか。ただの火事場の馬鹿力なのか。
著者の室伏広治さんは、ハンマー投げの選手としてオリンピックに4度出場し、04年のアテネオリンピックで金メダルを、12年のロンドンオリンピックで銅メダルを獲得した超一流アスリート。体格がものをいう投てき種目で、これまでメダルを獲得した日本選手は、室伏さんだけ。しかも2度、そのうちのひとつは金メダルということからも、いかにすごい選手かがわかる。
その室伏さんが偉業達成の秘訣を語る上で、大切なこと、一般人にも共有できることとして選んだのが『ゾーンの入り方』だ。ゾーンとは一体なんなのか。彼はそれを集中力が極限まで高まって、高いパフォーマンスを発揮できる状態だという。
本書では、室伏さんが実践している呼吸法も紹介されている。手のひらをヘソの下にあて、意識を集中させていく方法はとてもわかりやすいが、それで直ちにゾーンに入れるほど単純なものではないだろう。
彼の真骨頂は、一投に全力を出し切る取り組みにある。それを繰り返してきたことで、ゾーンに入れるようになった。
仕事でも、スポーツでもとにかく全力を出し切ると、結果がどうであれ、自分に自信がもてるようになる。それがさらなる挑戦を促す。そこでふたたび全力を出し切る。
すると限界も見えてくる。しかしその限界は、今の自分にとってであって、未来の自分にとってではない。全力を出し切り、挑戦し続けることで、限界をどんどん超えていくことができるのだ。「ゾーン」は、全力を出し切り、挑戦し続ける過程にある。
わたしが体験しているのも恐らく「ゾーン」に近い。ただし、気まぐれだ。切羽詰まる状況にならないと発揮できないようでは、火事場の馬鹿力と大差ない。火事場でなくても入っていけるようになるためのヒントも、この本には書いてある。
他のおすすめ本
『バブルを抱きしめて』島村洋子 著/KKベストセラーズ
元号が変わる前に、もう一度昭和を回顧してみよう。グリコ犯はなぜ阪神地区でジャイアンツ帽をかぶっていたのか。榎本美恵子の蜂の一刺しの顛末は?
『オンナの奥義 無敵のオバサンになるための33の扉』大石静 阿川佐和子著/文藝春秋
オバサン2人が語る恋愛論は、乾いているのにどこかかわいくて、それなのに背徳の匂いもありと、なかなかの味わい。
『松任谷正隆の素』松任谷正隆著/光文社
正隆ファン必読です。ルックスと声に惚れていたけれど、読んだら惚れ直しました。
『ゾーンの入り方』集英社新書
室伏 広治 /著