akane
2019/04/02
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2019/04/02
先週金曜日、いよいよ北米大陸と日本でプロ野球のシーズンが本格的に開幕した。深夜から熱戦をハシゴして寝る暇もなく、寝不足になったファンも多いことだろう。
開幕戦にふさわしい、各チームの最高の開幕投手たちによる素晴らしい投げ合いが各地で繰り広げられた。日本では大瀬良(カープ)対菅野(ジャイアンツ)、161キロをマークした千賀(ソフトバンク)、復活を期す今永(DeNA)らの熱投が光ったし、アメリカでは「99点」のシャーザー(ナショナルズ)対「100点」のデグロム(メッツ)、スラット・カーブ理論同士であるバーランダー(アストロズ)対スネル(レイズ)らの、勝敗を超えたスーパーピッチに胸が高鳴った。
こうした一流投手の投げるボールで目立ったのはやはり、ジャイロ回転のスラッターだ。リプレイで見ると完全に螺旋回転して「スラット」するボールを各投手が自在に操っていた。(「スラッター」「スラット」と連呼していて恐縮だが、私はそもそもスラッターマニアだった訳ではない。元々はスプリットが大好きだった)。
大瀬良のジャイロ回転スラッターに巨人打線がキリキリ舞いし、審判カメラの映像で途中からボールが消える様子もはっきりと分かり、「#お股本」こと拙著『セイバーメトリクスの落とし穴』を読みながら観戦していた方々が興奮している様子がTwitterのタイムラインから伝わってきた。
同様に拙著の中で「ボールを引きつけてスイング出来る打者こそ、ピッチトンネルから急に曲がるボールに弱くなる」と評した丸佳浩が4三振したのも象徴的だった。古巣・広島との対戦で心理的にも平常心を保つのは難しかったのかもしれない。ヒッチ(※1)がやや大きくなりすぎているので、修正していけば徐々に本来の当たりを取り戻すだろう。
※1 打撃において、トップの付近でグリップを上下させてタイミングをとる動きのこと。「ヒッチをするな」とよく指導されるが、実はかつての大打者の多くがよく見るとヒッチをしている。適切なヒッチは打撃の再現性を高めたりパワーを効率的に伝えるために有効だとさえ考えられる。悪いヒッチとは、バットが下がったまま振り出そうとすることであると思われ、バットが一度下がってもトップの位置に戻るならヒッチは効果的だと言える。
丸はともすれば稲葉篤紀のような巧打者とイメージされがちだが、実際には甘いボールを強く叩くスタイルで空振りも多い、独特な打撃スタイルの打者である。言うならば、センターを守れて打率も残せるアダム・ダンである。
今季、筆者が最も期待しているのがソフトバンクの千賀滉大である。オフにダルビッシュとも面会し、将来のメジャー移籍を目指して更なる高みを目指しているようだ。オープン戦から異次元の投球を披露しており、最大出力が上がっている。
開幕戦では初球から161キロを連発し、ストレートの平均球速は154.9キロを記録。周囲の度肝を抜いた。代名詞の「お化けフォーク」に加えて、スラッター成分のあるスライダーやカッターを導入している。6回の2アウト満塁フルカウントのピンチから森友哉を外からのバックドアスラットで見逃し三振にとったシーンは、進化の象徴だ。
昨今は「先発投手のリリーフ化」と表現できるような、スピードのあるピッチャーが順番に出てきて、球威のあるストレートと、スプリットやスラッターのような鋭い変化球を機械的に投げていく形が増えている。この方が、細かい投球術を駆使するよりも相手打線を抑えやすいためなのだが、この流れによって「本質的先発投手」が絶滅傾向にあることも危惧される。
これも最近の「考えない野球」の一部であるとも言えるだろう(この言葉には多くの誤解や語弊があるので、今後の連載でまた触れたい。もちろん、良い意味でのデータドリブンは不可欠である)。
去年までの千賀は「リリーフ投手が先発化」したような投球スタイル、ものすごいリリーフ投手が先発として6~7回を投げているイメージがあった。
このままでは「先発投手」としては頭打ちとの自覚があるからこそ、スラット・カーブ理論も取り入れて真の先発投手となろうとしているのだろう。
ただ、西武の強力な山賊打線が相手だったとは言え、これだけの出力がありながらも、結局は6回107球で降板した。その後は故障明けでまだ本調子ではない加治屋が打たれて一旦は追いつかれた。
一方、千賀ほどの出力や変化量はない大瀬良は8回124球を無失点で投げきった。ここにこそ、先発投手の真髄がある。
千賀は大きく曲がりすぎず、かと言って小さすぎもしない絶妙な速度と変化幅を出せるスラットをマスターすれば、スラット・カーブ理論に加えてお化けフォークを使いこなす、真の「先発投手」となれるだろう。
MLBファンの中でも特に注目されていたシャーザーとデグロムの投げ合いにも触れておきたい。
シャーザーは90マイル台後半のフォーシームとスラッター、チェンジアップを織り交ぜる異次元投球でカノーのソロホームラン一発のみに抑えた。
だが、デグロムはさらにその上をいっていた。走者を出したとしてもせいぜいがシングルヒット。無死1、3塁のピンチでは高めのフォーシームで三振か内野フライを狙い、狙い通りに打ち取った。その後には、空振りするかバットに当たったとしてもゴロになる絶妙な低めのチェンジアップで併殺に打ち取り、無失点で切り抜けた。
結局はデグロムがこの投げ合いを制したわけだが、もちろんシャーザーのピッチングも素晴らしいものであった。しかし昨今の「ヘビー級化」する野球ではこのように、たった一球の失投で負けてしまうのだ。
大瀬良やデグロムが開幕戦で見せたようなピッチングは、口で言うのは簡単でも実行するのは簡単なことではない。
近年、MLBで年間300奪三振を記録した投手(2015年カーショウ、2017年クリス・セール、2018年シャーザー)はいずれもサイ・ヤング賞には届いていない。一方、昨季269三振のデグロムはサイ・ヤング賞(ナ・リーグ)を獲得した。
以前「三振を取りすぎると球数が増える」と発言したところ、「三振と球数には相関がない」と言われ、激論となったことがあった。
「狙えば300三振も取れるけど、あえて270三振くらいに抑えている深み」とでも言えるかもしれない。これは主観的かつ感覚的な話なので、厳密に言えば間違っているのかもしれないが、そう感じるのだ。「9割の力感」とでも言えるだろうか。
短いイニングをただ全力投球してちょっと奪三振が多い、いわゆるFIPが良い投手を過大評価する傾向が近年は根強いが、正直疑問符をつけざるを得ない。
繰り返すが、千賀も日本における菅野や大瀬良、メジャーのデグロムなどの領域に到達できたら、真の先発投手となるのだろう。そうなれば最大出力の高さがモノを言って、菅野を上回り沢村賞に輝くこともできるはずだ。
DeNAの今永もスラッターの制球は良かったから打たれはしなかったものの、スラッターで奪った空振りはバントミスの1球だけだった。カッター寄りになっていたので、理想を言えば変化をもう少し大きくして「スラット」させられたらなお良い。
昨年のサイ・ヤング賞(ア・リーグ)投手のブレイク・スネルはフォーシームとカーブだけのツーピッチ投球となっており、アストロズに5失点して敗戦投手となった。
スネルのスライダーは大谷のスプリットに似ており、それこそ魔球に近い。スラッターというのは本当に深く、難しいボールである。スラット成分のあるボールを持つ投手でないとサイ・ヤング賞までは到達できないとさえも言える。サイ・ヤング賞というのはそれくらい、並大抵では到達できないものだ。投手の究極の名誉である。
バーランダーはスラッターとカーブに加え、今季はチェンジアップをブラッシュアップしている。今後のトレンドにおいてはスラッターに加えて逆方向に曲げるチェンジアップやスプリットを増やすスラット・シュート理論型の投手が増加していくのではないかと予想している。ハイスピードカメラとデータで回転軸を分析し変化球を強化したおなじみのバウアーも、チェンジアップを強化してきている。
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