akane
2021/02/18
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2021/02/18
2020年、新型コロナウィルスの流行で世界はパンデミックに包まれた。渡航制限にロックダウン、それによる経済の低迷、失業者の増加や医療崩壊といった未曽有の事態に、各国中枢の政治手腕が今までになく問われることとなった。未だ終息の見えないコロナ禍。この危機を乗り越えるためのリーダーとは、市民社会とはどのようなものなのか? 『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)では、海外在住の7人のジャーナリストたちがコロナ禍での各国対応を読み解く。
「欧州の優等生」と呼ばれるドイツ。その通称通り、人口100万人当たりの感染者数は1万6212人(2020年12月15日時点)と、お隣のフランスが約3万6000人、ベルギーが約5万2000人なのに比べると優秀な成績をおさめている。
ドイツ在住のジャーナリスト・田口理穂さんは、そうしたドイツでの感染拡大阻止には、早い段階でのロックダウンや手厚い保証、コロナアプリの活用などが功を奏したと分析すると同時に、メルケル首相の国民への呼びかけも重要な効果を発揮したと指摘する。
2020年3月、ロックダウン開始にあたり、テレビ演説で国民への協力を呼び掛けたメルケル首相は、医療従事者の苦労や、様々な制約のなか不自由に暮らさなければならない国民の気持ちに寄り添い、メルケル首相は一貫して国民目線で話していた。加えて、コロナ禍を自分事として捉え国民同士が思いやりを持つことを繰り返し求めた。
「……(前略)これは、単なる抽象的な統計数値で済む話ではありません。ある人の父親であったり、祖父、祖母、あるいはパートナーであったりする、実際の人間が関わってくる話なのです。そして私たちの社会は、一つひとつの命、一人ひとりの人間が重みを持つ共同体なのです」
「誰もが助け合わなければならない」と訴えたメルケル首相のスピーチを田口さんは次のように振り返る。
一つひとつの言葉が体から滲み出てくるようだった。……(中略)それは、私の友人も「家族や自分のこととして捉えるようになった」と話すほどで、12分あまりの演説は、国民の不安を払しょくするのに十分だった。この演説の後、多くの国民はロックダウンをともなうコロナ対策について理解を示すようになった。
一方で、2020年9月から10月にかけて感染者が増え始めると、次第にメルケル首相のコロナ対策に反対する者も出てきたという。
コロナ対策が長引くにつれ、これらの厳しい措置を不服として各地で反対運動も起こるようになった。極右政党「ドイツのための選択肢」など現政権政策全般に反対する政党や、「店の経営が苦しい」「失業した」などコロナ対策のために実際的な不利益を被った人をはじめ、副作用があるとワクチン接種に反対するグループ、「コロナは嘘だ」とコロナウィルスの存在そのものを否定するグループ、「ビル・ゲイツがワクチンとともに、チップを皮膚に埋め込もうとしている」などの陰謀説を唱える人たち、「マスク着用義務は基本的人権の侵害」と訴える人など、さまざまな人たちの集合体により、各地で数千人、数万人規模でコロナ対策反対デモが開かれている。
あるデモではナチスが使用していた「帝国旗」を見られたそう。国民を分断しかねないこの事態に、メルケル首相は再び国民に呼びかけることで対応を試みた。
「私たちは話し、説明しなければなりません。(ことの重要さを対策に反対する人に)伝えなければなりません」
「みなさんにも、絶対に感染させたくないと思っている人が知り合いにいるでしょう」
「嘘、偽情報、また憎しみは、民主主義的な議論だけでなく、ウィルスへの戦いを損なうものです」
しかし感染者数の増加は留まることを知らず、ドイツは2020年12月からそれまで部分的に行っていたロックダウンを全土に広げざるを得なくなる。冬の風物詩であるクリスマスマーケットや、大みそかの花火大会も中止になり、人々は落胆した。
そんな中、メルケル首相が始めたのが90分間の国民とのオンライン対話だった。
ひっぱくした状況で働き続ける看護・介護関係者、コロナ対策やデモ対応に追われる警察官、学校が閉鎖され通学できなくなった学生などが招かれたこの対話は2020年11月から始まり、4回にわたり開かれた。初回に招かれたのは職業訓練生の若者。
メルケル首相は職業訓練の様子やコロナウィルスの影響について質問しながら、真剣な表情で答えに耳を傾けた。「12月1日からホテルは営業開始できますか」という質問に、メルケル首相は深く息を吸った後「私たちは賢明でなければなりません」と短く答えて、10万人当たりの感染者が50人以下となるかどうかが鍵だと説明した。5年前にアフガニスタンからドイツに来た若者には、ドイツに来たばかりの時の苦労やドイツ人の同僚とのつきあいについて詳しく聞いた。
普段から「ムッティー(お母ちゃん)」の愛称で慕われるメルケル首相は、時に笑みを浮かべ気さくに接したという。長引くコロナ禍で、ストレスや不満、不安を抱えこむ国民にとって、自分たちに向き合ってくれる政治家の存在は心強いものであっただろう。田口さんは、民主主義国家ドイツらしい、対話する首相を評価してこう言う。
コロナ禍がメルケル首相在任中に起こったのがせめてもの救い、と思っている人は少なからずいるに違いない。
文/藤沢緑彩
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