彼女たちのこと『幻の彼女』酒本歩
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僕にはモテ期があった。学生時代から恋愛下手と言われた僕の前に、魅力的な女性が現れて恋人になってくれた。それも、三人も! 今でも驚きだ。

 

その頃、僕は八年勤めた会社の倒産を機に、ドッグシッターを始めていた。それが犬が好きな女性たちと出会うきっかけになったのだと思う。こう言っては何だが、僕はそこそこ見た目がいい。彼女たちの方から近づいてきたのは、それもあるからだろう。

 

デートは楽しかった。ディズニーランドや京成(けいせい)バラ園、『シン・ゴジラ』を観たり、評判の焼き鳥屋に行ったりもした。

 

だけど発展しない。長続きしない。僕がちょっとでも結婚をにおわせたりすると、彼女たちは引いてしまう。結局は別れが訪れた。三人とも交際期間は半年にもならなかった。

 

僕のする話と言えば、犬のことばかりだったし、ドッグシッターは不安定で儲からない。付き合ってみたらつまらない男だったのだろう。それでも彼女たちが僕に残してくれたものは大きかった。病気の高齢犬を死なせてしまった僕を励ましてくれたり、保護犬を救うボランティア仲間を紹介してくれたり、気楽な生活に甘んじている僕を叱ってくれたり。

 

どうやら僕のモテ期は終わったようだが、彼女たちとのことは大切な思い出だ。蘭、美咲、エミリ。幸せに暮らしているだろうか。僕は今でもあの頃と同じ葛飾(かつしか)に住んで、ドッグシッターをしている。平凡だけどそれなりに充実した毎日だ。

 

堀切菖蒲園(ほりきりしようぶえん)駅を左折した。営業用のママチャリは今日も快調。アパートが見えてきた。僕はついさっき、ペットホテル代わりに預かったコーギーを飼い主に戻して、帰ってきたところだ。郵便受けからはがきがのぞいている。誰からだろう。

 

———こうして主人公の風太は、元カノの一人、美咲の死を知らせる喪中はがきを手にします。私のデビュー作『幻の彼女』のスタートです。続きをお読みいただければ幸いです。

 

『幻の彼女』
酒本歩/著

 

ドッグシッターの風太に、元カノ・美咲の訃報が届く。まだ32歳なのにと驚く風太。ほかの別れた恋人、蘭、エミリのことも思い出し連絡を取ろうとするが、三人はまるで存在しなかったかのように、一切の痕跡が消えてしまっていた……。

 

PROFILE
さかもと・あゆむ 1961年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。経営コンサルタント。2016年、かつしか文学賞優秀賞受賞。本作で島田荘司選第11回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞。

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