2019/09/25
小説宝石
『罪の轍』新潮社
奥田英朗/著
昭和三十八年夏。空き巣常習者の宇野寛治は先輩漁師に騙され、無一文で命からがら小舟で海を渡り、礼文(れぶん)島から北海道本土に上陸する。空き巣をくり返し旅費を得た宇野は、憧れの東京に流れ着く。
荒川区南千住(みなみせんじゆ)で資産家の老人が自宅で殺される。荒らされた形跡があり、侵入盗による居直りが疑われた。捜査本部が設置され、警視庁捜査一課の落合昌夫は所轄署のベテラン大場と組み、周辺への聞き込み捜査を担当する。やがて落合は、北国訛(なま)りの若い男の存在を掴み、事件との関連を疑う。そんなおり、隣の台東区浅草(あさくさ)で幼児誘拐事件が起き、落合たちも捜査に投入されることになった。
第43回吉川英治文学賞受賞作『オリンピックの身代金』以来、実在の誘拐事件をモデルに、再びあの時代を描いた作品だ。
宇野は義父の虐待による後遺症のせいで「莫迦(ばか)」と呼ばれ、罪悪感なく窃盗をくり返してきた。そんな疎外され続けた男が、労働者の町、山谷(さんや)で初めて他人から厚意を受ける。だが皮肉にも、その人とのつながりがきっかけとなり、取り返しのつかない悲劇へと進んでいく。
若手刑事の落合、宇野、そして山谷で母親の簡易旅館を手伝う娘の三つの視点によって、警察捜査小説、犯罪小説、そして市井の人々の群像劇という、物語が多面的に浮かび上がる構成が見事だ。
オリンピックを控え好景気に沸く一方で、埋まらない都市と地方の格差、強者に搾取される弱者、情報を秘匿し、個人技に徹することを良しとするベテラン刑事、そして誘拐事件に不慣れな警察組織の失態などを、余すところなく描きつくす。内容はもとより渡部雄吉(わたべゆうきち)『張り込み日記』(ググってね)の写真を使った表紙や装幀も含め、ベスト級の作品だ。
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『百舌落とし』集英社
逢坂剛/著
伝説のシリーズ、遂に完結!
引退した大物政治家が瞼(まぶた)を縫い合わされた状態で殺される。武器輸出など、再びきな臭い問題がからんだ連続殺人に、おなじみの大杉親子と倉木美希たちが挑む。
一作目の『百舌の叫ぶ夜』以来三十有余年、百舌シリーズが本書をもって完結という。感慨深い。全七作と決して数は多くないが、特に初期作品では、強烈なサスペンスとトリッキーな仕掛けの融合が鮮やかだった。かつての超絶技巧は鳴りを潜めたが、殺し屋の正体の意外性や、少年探偵団に登場しそうな怪屋敷での戦いなど、サービス精神に満ちた掉尾(ちようび)を飾るにふさわしい作品だ。
『罪の轍』新潮社
奥田英朗/著