2019/11/06
小説宝石
『定価のない本』東京創元社
門井慶喜/著
古書を扱ったミステリは数々あれど、その中で本書は、一、二を争う傑作である。
作品の舞台は、いわずと知れた神田神保町(かんだじんぼうちよう)。ようやく活気を取り戻しつつある、敗戦からちょうど一年の昭和二十一年八月十五日のこと。古本屋の芳松(よしまつ)が崩れてきた本に圧しつぶされて死んだ。このことを芳松の妻タカから知らされた同業者の琴岡庄治(ことおかしようじ)は現場に急ぐがどこか割り切れないものを感じる。
続いてタカも首をくくって謎はますます深まる。
そんな折も折、庄治は日本の古典に興味を抱くGHQのJ・C・ファイファー少佐から「ヨシマツは、ソ連のスパイだった」と知らされる。
この時点で作品がどちらの方向に転がっていくか分からないが、読書を途中でやめることはできなくなる。さまざまな人物が入り乱れ、抜群の兇器の始末が行われ、とうとう、本当の黒幕が姿を現す。
が、何と敵の正体と目的が分かってからが、さらに面白くなるのだから舌を巻く。
たった一人の“抵抗軍”が二人となり、やがて神保町のすべての古書店を巻き込み、それは日本中に飛び火していく。
ラスト近くの独白はどうだ――。
あともうちょっとほんのちょっと我慢してくれれば、俺たちのいま抱えてる大量の在庫がふたたび、日本人のコレクターや大学教授や、教養ある実業家などの書架に収まるところが見られたのに。/日本人が本を愛し、古典を愛し、そのことで国そのものを立ちなおらせるところが見られたのに。GHQに勝ったのは俺たちじゃない。
文学を愛し、文学をとうとぶ日本人、日本の歴史そのものなんだ。
この感動、正に「七人の侍」級といえよう。
『定価のない本』東京創元社
門井慶喜/著