2019/07/03
小説宝石
『もののふの国』中央公論新社
天野純希/著
〈源平の巻〉〈南北朝の巻〉〈戦国の巻〉〈幕末維新の巻〉の四部からなる本書の〈南北朝の巻〉の中に次のようなくだりがある。
それは楠木正成(まさしげ)に妹婿の服部元成が「我が服部の家に伝わる口伝にございます。古来よりこの国には、対立を宿命づけられた二つの一族がある。源氏一門と平家一門が争うたのも、源氏の血を引く足利、新田が、平家の傍流である北条を討ったのも、その宿命によるものにございましょう」「源氏か平家かなど、些末なこと。古より対立を続けておるのは、それぞれ、海の一族、山の一族と呼ばれる者たちにございます。(後略)」と語りはじめる箇所だ。
この一巻は、そうした視点で、平将門の乱から西南戦争まで千年近い“もののふ”たちの歴史を活写した歴史伝奇小説のニューウェイブであり、戦う男たちの黙示録である。
本書は、伊坂幸太郎が提案者となってはじめた“螺旋プロジェクト”の一冊として書かれたものであり(未読の方のために詳述はできない)、良くも悪くもそのことが、作品の出来栄えとも深く関わってくる。たとえば、第三部に当たる〈戦国の巻〉で明智光秀の扱いなどは絶妙で、百ページで信長→秀吉→家康と続く覇者三人の歴史を活写することを可能としている。さらに、随所で武門と経済の対立等を、史実と虚構の間に落とし込んだり、手がこんでいる。
また完結篇に当たる〈幕末維新の巻〉で、そのはじまりを大塩平八郎の乱に求めるなど明快な史観が心地良い。いずれにしろ、これだけ、生死の分かっている歴史上の人物を何人も登場させ、それでも面白く読ませる手腕は只者ではない。天魔の“声”、目の色、首飾りなど、物語を彩る趣向や小道具にも事欠かない異色作といえる。
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『日本坊主列伝』徳間書店
榎本秋/著
名僧、奇僧、悪僧の歴史物語
こちらも、古代から江戸幕末まで、一四〇〇年あまりの長いスパンでまとめられた名僧、奇僧、悪僧らをまとめた興味津々たる歴史物語である。
古代の道鏡をはじめとして、戦国期の顕如、さらには、江戸期の南光坊天海等、この一冊は歴史・時代小説ファンの副読本としても語り尽くせぬ魅力を持っている。
ラストに記されている武田物外=拳骨和尚の名前も久々に聞く。かつて津本陽『拳豪伝』があったがいまは絶版だし、昔は『京洛五人男』という映画で大河内傳次郎が演じていたことをしみじみと思い出す。この人物などぜひ著者に書いてもらいたいものだ。
『もののふの国』中央公論新社
天野純希/著