我が子の発達障害に、気づいたとき
岡嶋裕史『大学教授、発達障害の子を育てる』

 

いつ、どんなときに発達障害を意識したかは、いままさに我が子の問題に直面している親御さんにとって重要だと思う。

 

結論から言うと、ぼくが自分の子の発達障害に気付くのは早くもなく遅くもなくといったところだった。

 

ぼくの子は双子だったので、産まれる前からかなり手厚い管理下に置かれていた。ICUのある大学病院(仮にJ医大附属としよう)で、周産期前から週に1度は検査を繰り返していたし、羊水検査もやった。産まれる何週間も前から入院し、産まれた後も、まるで保育園に通うように母子センターに通っていた。

 

だから、きっと油断があったのだろう。これだけ病院通いをしているのだから、仮に何か疾病があったとしても(実際、多胎児は単胎児に比べて各種リスクが高い)、早期に発見できるものだとの思い込みがあったと思う。

 

いま、思い返してみれば、それらしい兆候はあったと思うのだ。いつまでもハイハイのままで、なかなか立たないなあとか、やっと立ったと思ったら妙なつま先立ちをしているなあとか、他の子はそろそろしゃべり出しているのに喃語すら出てこないなあとか。

 

そんなに予兆があるなら気付こうよ、と指摘されると一言もないが、悪条件もあるにはあった。あらゆる点でベンチマークになるであろう双子の姉が、異様にゆっくりさんだったのだ。

 

他の子たちと比べると、明らかに色々な面で遅れていても、「姉と比べると、まぁ……だいたい一緒だよなあ」となる。まさか二人とも障害があったりするわけじゃないだろうし、と油断したのだ。実際、姉の方は、現時点でキレッキレの定型発達児であるが、この子がくせ者だったのだ。

 

おじさんが苦手で(おじさんに失礼な話である。なお、まごう事なき汚いおっさんである父にはべったりの娘だった。過去形である点に哀しさが浮き彫りになる)、通りの角からおじさんが出現したのにびっくりして悲鳴を上げ、くるりと向きを変えて車道へと全力疾走するような2歳児だったし(何回死にかけたかわからない)、気に入らないことがあると梃子でも動かなくなる頑固者で、微動だにしないまま2時間でも3時間でも粘れる恐るべき意思力を持った子だった。あまりにも動かないので、その場で粗相をしたこともあるが、それでも自分の意見が汲まれるまでその場で粘り続けた。

 

食事にもこだわりがあって、2時間もかけて食べ続け(これは今でもあんまり変わらない)、かつよく吐くので、2時間も食事を見守ったのち、さらに(揺らすと吐くので)ぴたりと体幹を固定させたまま消化が終わるまで抱っこし続けなければならなかった。手強い相手である。ぼく自身が引きこもり体質で苦労したので、(外に出られる子になったらいいな)と思って2歳になる手前からプレスクールに通わせてみたのだが、あらゆるプレスクールで何度クビになったかわからない。近所の幼稚園を受けにいってもお祈りハガキの山である。自分も何回も学校を退学しているが、子どもが退学(退園?)になるほうがずっとこたえる。あるお受験系のプレスクールではじめて合格通知をもらい(受験なんて全然向いてない子なのに、そこしか合格にしてもらえなかったのだ)、何ヶ月かちゃんと通えたときはどれだけ嬉しかったかしれない。

 

実際、弟の発達障害が確定的になったとき、(こっちも絶対そうだろう)と考えてしばらく療育施設に一緒に通っていたこともある。診断書持ちの発達障害児よりも怖がりで、頑固で、完璧主義で、人前に出るのが難しかった。

 

片腕で子どもを抱き、もう片腕でスマホのぽちぽちゲーを十全にプレイできる能力はこの子に鍛えられた。それまでぼくはヘビーゲーマーとしてぽちぽちゲーを軽んじていたが、子育て時にあんなに役に立つゲームはない。

 

そんな姉が比較の対象だったので、肝心の弟の発達障害は隠蔽されてしまったのだ。だって、ぱっと見は姉の方がよっぽど発達障害っぽく見えるのだ。弟の方は、ときどき癇癪を起こしたり、こだわりが強かったりするものの、基本的には物静かで、あまり手のかからない子だったのである。風にそよぐ木の葉と、うつろう木漏れ日に何時間でも見入って、じっとしている姿を今でも思い出す。まあ、確かにおかしいよね。

 

もう1つの悪条件は、母子センターの先生だ。この人は口癖なのではないかと思うほど、「まあ、双子の発達はゆっくりだからね~」と繰り返した。お医者さんにそう言われたら、無理に自分の子が障害だなんて思いたくないのが親心ではないか。いろいろ「あれっ?」と思うことがあっても、結局このお医者さんの言葉が頭にあって、他に受診に行く発想と行動が遅れたとは思う。他の専門家(自分のところの臨床心理士だ)が、「こりゃ本物だ」と断定した後も、「うーん、双子の発達はゆっくりですよ?」と最後まで言っていた。

 

……控えめに言ってもさ、藪じゃない?

大学の先生、発達障害の子を育てる

岡嶋裕史(おかじまゆうし)

1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。
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