吃音差別は人生を左右する大問題だ 退職を迫られるケースも――吃音者の悩み(6)
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自ら吃音があり、吃音があることで幼少期から人知れない悩みを抱えて苦しんできた医師の菊池良和さんが勤務する九州大学病院耳鼻咽喉科では、吃音が主訴で来院した人は2011~2017年の6年間で約300名に上ります。

 

その内訳は、幼児期の相談が26%と一番多く、小学生21%、中学生4%、高校生8%、大学生14%、求職中の方が6%、就職後に訪れる方が19%、成人発症は2%といった具合になっています。

 

中学生以上が半数を占めていることからもわかるように、高校・大学時代のみならず、求職中や就職後でも吃音の問題に悩まされている方が多いことに気づきます。

 

ここでは、菊池さんが上梓した『吃音の世界』(光文社新書)から、症状がとりわけ重く、障害認定という形での支援が必要だと菊池さんが判断したAさんの例を抜粋して紹介いたします。

 

就職困難者に対して何が必要か

 

Aさんの例を紹介する前に、障害者認定について触れておきましょう。

 

ドイツでは、重度吃音者は障害者と認定されます。一方、日本では、吃音症はこれまで福祉の対象とは考えられてきませんでした。私(菊池)は医師として、吃音者、特に就職が困難な吃音者が社会参加できるためには何が必要だろうかと考えてきました。

 

すると、吃音症は身体障害者福祉法にて言語障害の身体障害者手帳を、発達障害者支援法および精神保健福祉法にて精神障害保険福祉手帳を交付される可能性があることに気づいたのです。つまり、重度の吃音者については言語障害という理由で身体障害者手帳の交付を受けることができる可能性があるということです。一方、重度ではない人でも、精神障害者保健福祉手帳の交付を受ける可能性があるというわけです。

 

うつ病、休職、うつ病の再発、再度休職

 

さて、某年1月、吃音を持つ46歳のAさんが病院を訪れました。Aさんは小学校から吃音を自覚し出し、本読みや発表のときに困っていたという記憶はあるとのこと。不登校になったことはないそうですが、学生時代を通じて、吃音によりいじめを経験したといいます。

 

地元の高専を卒業し、東京なら吃音の治療が進んでいるのではないかと、Aさんは東京の会社に就職しました。ただし、残業や土曜日の出勤も多くて病院に通うことができなかったため、夜間や日曜日も開いている民間治療院に通いました。吃音が治る高周波治療器という高額な装置を買って試したこともあるそうです。

 

その後、転職をして製造業の会社に勤めるのですが、そこで約20年間働きます。しかし、昇進するにつれて会社の会議で話す必要も増え、そこでうまく報告できないことが続いたのをきっかけに、うつ病になって1年間休職することになりました。休職後、同じ仕事に復帰するのですが、またしてもうつ病を再発。そして再度休職。すると、会社の人事課の人からこのように言われたのです。

 

「インターネットで調べると、『吃音は治せる』という情報が書いてある。だから、吃音を治さないと、正社員から契約社員に変更し、期間満了で退職となります」

 

その話を受け、それなら障害者手帳を取得して再就職しようと考え、当院の予約を取ったとのことでした。

 

自分の名前を読むのに一分以上かかる

 

初診時、Aさんは話すこと自体、難しいようでした。そこで、まずはAさんの希望を記したメモを見せてもらいました。そこには、次のように記されていました。

 

「会社から退職を迫られています。吃音を治すことはできないでしょうか?」

 

「どうにかして吃音を治すことはできないでしょうか」という質問を私はたびたび受けます。それぞれのケースで治療を行っているのですが、今回のケースは、その切実さが際立っていました。

 

彼は結婚していて、まだ学生の息子さんもいらっしゃるそうです。私が力にならなければ、最悪の事態を迎えてしまうのではないかという雰囲気も漂ってきました。

 

文章の朗読を行ってもらったのですが、通常、一分もあれば読める文章に、

 

「む、む、む、む、む、む、む、む、む、む、……………か、か、か、か、か、か、か、か、か、か、……………し、し、し、し、し、し、し、し、し、し……………」

 

と10分以上もかかり、読み終えると汗をびっしょりかいていました。

 

また、6文字しかない自分の名前を言うのにも、1分以上もかかりました。最重度の症状です。

 

言語障害の認定がおりる

 

会社が、吃音を治すようにと定めた期限は残り5ヶ月を切っていました。その期間で何ができるのかはわかりませんでしたが、会社に、吃音を治す努力をしている姿勢を伝えるという目的もあり、言語聴覚士による言語療法を開始することにしました。

 

その後、Aさんの奥さんにも同席してもらったのですが、Aさんの奥さんは、Aさんにギリギリまで今の会社に残ってほしいと言いました。Aさんはこのとき、同じ部屋にいる奥さんに携帯のメールを使って会話をしていました。それほど、Aさんは自分の言葉に自信を失っているのだと感じました。

 

Aさんは2週間に一度通院して言語療法に励んでいましたが、初診から3ヶ月後、Aさんに言語障害4級の認定がおりました。そしてAさんは、これまで見たことのなかった笑顔で次のように言いました。

 

「今、言語障害で雇ってくれる企業を探しています。一般事務ではなく、これまで10年以上してきた技術職で探してみます」

 

私には、障害者手帳が必要のない世の中になってくれればいいという気持ちがあります。「吃音による言語障害」という基準に該当する人はそう多くはないでしょう。とはいえ、就職活動中、また勤労中でも、就職できない可能性やリストラの不安があるのは苦しいものです。そして、それは吃音者の一番の悩みになりえるのです。

 

以上、『吃音の世界』(菊池良和著、光文社新書)の内容を一部改変してお届けしました。

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菊池良和(きくちよしかず)

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