ryomiyagi
2019/10/21
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2019/10/21
「生きるのがつらい」「毎日に意味が感じられない」――現代に突如現れた、治療困難な数々の障害がある。豊かになったはずの社会で、生きづらさを抱える人が増え続けているのはなぜか? それらの病に共通する原因と解決する術はあるのか? 現代人が幸福になるための一歩とは。
本稿は、岡田尊司『死に至る病~あなたを蝕む愛着障害の脅威~』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
子どもの双極性障害と縁が深いとされたADHDの爆発的な増加は、「現代の奇病」の一つといえるだろう。
ADHD(注意欠如/多動性障害)は、神経発達障害の一つで、遺伝要因が七~八割と推測され、先天的な要因が非常に強いとされてきた。
遺伝性の強い疾患であれば、大昔から存在したはずであり、数十年の間に急増するということも、通常は考えにくい。ところが、あり得ないはずの奇妙なことが起きているのである。
ADHDの歴史を調べたマシュー・スミスによれば、いくら時代を遡って文献を渉猟しても、ADHDらしき人物の描写や記録はほとんど見つけ出すことができないという。
大昔から存在する遺伝性の障害であれば、それらしき例がシェークスピアやモリエールの戯曲の登場人物として、あるいは、医学的な文献に見つかりそうなものだが、一向に見当たらないのだ。
今日、知られているもっとも古いADHDの症例だとされているのが、1902年にイギリスの小児科医ジョージ・フレデリック・スティルが報告したもので、そこには、多動や衝動性を特徴とする20のケースが記載されていた。
ただ、それらのケースは、多動や衝動性のほか、破壊的暴力行為や自傷、道徳的な抑制欠如などを呈し、ADHDというよりも、情緒障害とか破壊性行動障害として理解されるべきものであった。
しかも、その多くは施設に収容された子どもで、今日では、愛着障害だと診断される可能性が高い。遺伝性が強いとされるADHDと同じものだとは、とうてい言えそうもない。
つまり、ADHDは、その起源においてさえ、すでに危なっかしい混乱の兆候がみられるのである。
今日のADHDに相当するとされる診断が登場したのは、1957年のことである。児童精神科医のモーリス・ラウファーとエリック・デンフォッフが「多動・衝動性障害」という診断概念を提案したのだ。
この診断概念が、わずか五年後、「小児期の多動反応」として、正式の診断基準に採用されると、「多動」は、たちまち市民権を得る。というのも、ちょうどこの頃、学校では、落ち着きがなく、授業に集中できない子どもたちが問題視されるようになっていたからだ。
つまり、今日のADHDらしき状態は、1950年代後半から60年代にかけて、アメリカにおいて突如目立つようになったということになる。
この頃、何が起きていたのか。
一つは、戦後のベビーブームで、教室が子どもたちであふれかえっていたという状況があった。
また、先述のマシュー・スミスによれば、アメリカの学校では、もう一つ異変が起きていたという。それは、ガガーリン少佐の「地球は青かった」と関係していた。
史上初めての有人宇宙飛行にソ連が成功したことは、アメリカに強い衝撃を与え、科学教育にもっと力を注ぐべきだという機運が生まれた。それは国の威信をかけた強い圧力となって、教師や生徒たちにのしかかるようになったのだ。
算数や科学が重視されるようになり、授業についていくことができずによそ見ばかりしている子どもたちは、もはや大目にみられることはなく、医者に行って、薬をもらうようにと助言を受けるようになった。
折しも、1960年には、アンフェタミンよりも作用がマイルドで、依存しにくいとされるリタリン(一般名メチルフェニデート)が小児の多動症治療薬として発売された。リタリンは、その後、指数関数的に売り上げを伸ばしていくことになる。
とはいえ、それから二十七年後の一九八七年において、リタリンを服用としているのは、小児の0.6%に過ぎなかった。ところが、その十年後の一九九七年には、2.7%と四倍以上に膨らみ、2011年になると、ADHD薬を投与されている子の割合はおよそ6%に、ADHDだと診断された子の割合は約10%にも達している。
この事実を前に、改めて疑問に思う人は少なくないだろう。ADHDは、遺伝性の強い神経発達障害ではなかったのか。同じような先天的要因が強い神経発達障害である知的障害や学習障害では、この何十年か、有病率はほとんど変化していない。この違いは、何を意味するのか。本当のところ、一体何が起きているのか。
「ADHD」をはじめとして、「境界性パーソナリティ障害」「摂食障害」「子どもの気分障害」といった障害は、戦前には非常に稀なものだったのが、1960年代頃から徐々に増え始め、その後、爆発的な増加に至っている。
それは、単なる偶然の現象なのか。それとも、何か共通する要因がからんでいるのか。
実は、「境界性パーソナリティ障害」「摂食障害」「子どもの気分障害」「ADHD」は、不安定な愛着との関連が強いだけでなく、幼い頃に母親との間で不安定な愛着を示した子で、発症リスクが大きく高まることが裏付けられているものばかりである。
たとえば、摂食障害のケースで、典型的に認められる状況は、支配的で、過保護・過干渉な母親と、腰の引けた無関心な父親の間に育っているということだ。
母親は子どものことを思っているつもりなのだが、実際には、自分の基準を子どもに押しつけている。共感的な関わりが苦手で、子どもに対して指導するか、非難するかという関わり方しかできないということが多い。子どもが境界性パーソナリティ障害の母親にも、同じ傾向がみられる。
境界性パーソナリティ障害や摂食障害、気分障害、依存症、解離性障害などについては、以前から、不安定な愛着の関与が指摘されてきた。
それに対して、ADHDは、遺伝要因の強い神経発達障害とされ、養育要因などまったく関係がないと、専門家たちも言い続けてきた。
ところが、遺伝子について調べ尽くされるにつれて、遺伝子の関与だけでは、とうてい説明がつかないということがはっきりし、近年では、遺伝要因と環境要因との相互作用による部分がかなり大きいと考えられるようになっている。
中でも、養育環境の影響を受けることがわかってきたのだ。
たとえば、施設に保護された子どもでは、ADHDと診断される子どもの割合が、通常の何倍にもなる。虐待を受けた子どもでは、ADHDの発症リスクが大幅に高まるのだ。
この事実に対しては、ADHDだから虐待を受けやすいのだとか、親もADHDの傾向を持っているので、虐待が生じやすいのだと説明され、虐待によってADHDになるわけではないと、専門家たちも言い続けてきた。
だが、実際は違っていた。虐待は、脳の構造自体に異変を起こし、不注意や多動を含むさまざまな行動や精神の症状を生じ得るということが明白になっている。
さらに、幼い頃に養子になることで養育者が交代しただけで、ADHDのリスクが数倍に高まるということもわかってきた。
ことに、虐待のケースにみられやすい「無秩序型」と呼ばれる非常に不安定な愛着を示す場合、その後、ADHD症状がみられるリスクを大幅に高めていた。しかも、親との愛着の安定性は、その子の神経機能障害の指標である認知機能よりも、ADHD症状を左右したのである。
それ以外にも、不安定な愛着がリスクファクターとなるものとして、依存症(薬物、ギャンブル、セックス、インターネットなど)、希死念慮、解離性障害、原因不明の身体疾患、慢性疼痛、虐待、DV、いじめ、離婚、非婚、セックスレスなどが挙げられる。
いずれも、今日の社会において問題となっていることばかりだ。
このように、現代人の生きづらさと苦悩の根底に、愛着の問題が関わっているということが明らかとなってきているのである。
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