貧困と暴力の“檻”、その内側を残酷な美しさで描く韓国文学――『鳥』

小池みき フリーライター・漫画家

『鳥』段々社
オ・ジョンヒ/著 文茶影/訳

 

「怖い話」の類で怖いと思ったことはほとんどないが、「グロい話」がとにかく最高に怖い。特に無理なのが「人がなぶり殺しにされる」描写だ。幼い頃から、私は人が痛みや絶望で泣き喚く場面(あるいはそれを示唆する描写)が極端に苦手で、映画だろうが小説だろうが、そういうものを見ると激しく落ち込む。

 

なぜ私のような人間は、痛い・酷いシーンが怖いのだろう。単純に、その肉体的痛みを想像してしまって辛いというのもある。しかし一番のポイントは、人間の精神の果ての果てが見えてしまうことへの恐れなのではないか。心の中の、安穏とした日常生活の中では決してたどり着かないような極地を予感させられてしまうこと自体が、ある種の衝撃なんじゃないかという気がしてならない。

 

さて、今回紹介する『鳥』には、拷問も絶叫も人の内臓も出てこない。なのにどうしてこんな話をするかといえば、直接的なグロいシーンなどないのにも関わらず、歴史上の大量虐殺について書いたノンフィクションを読んだときに近いショックを、この本からは受けたからである。

 

本書は1995年、韓国では有名な作家であるオ・ジョンヒによって書かれた小説だ。主人公は、11歳の少女宇美と、その弟で9歳の宇一。「宇宙で一番美しい娘・カッコイイ男になるように」と授けられた名前である。作中の年代については細かく書き込まれていないが、おそらく執筆と同時期、90年代だと思われる。

 

幼い姉弟の人生は、平和からは程遠い。二人の母親は夫の暴力に耐えかねて家出。父親は新しくできた連れ合いにも暴力をふるい、やがて出稼ぎに出たまま戻らなくなる。取り残された姉弟は、風変わりな人ばかりが住む長屋で二人きりの生活を始める。

 

宇美の目に映る世界、そして浮かび上がる心情は淡々としている。彼女はただ、目の前の事実を受け止めるだけだ。「あのヒグマに殺される」と電話で泣き言を言う新しい母、寝たきりになった娘のために祈り続ける大家、目の見えない鍼師に1万ウォン札ではなく千ウォン札を渡す男、どれだけ叩いても罵っても九九の覚えられない弟、鳥かごの中で鏡を友達に過ごす鳥などを――。

 

読み進めるうちに、痛いほどわかってくる。親からの庇護を失った姉弟を取り囲んでいるのは、人間や、学校や、お金や、食べ物の形をした貧困と暴力だ。

 

それらは決して幼い少女の腕でこじ開けられるものではないし、彼女自身がこじ開けようと思うこともない。なぜなら彼女はそこで生まれ、そこで育ったからだ。宇美の宇宙は、その姿で完璧なのだ。彼女と「友達」になるために現れた“相談オモニ”(困難な状況にある子どもを支援するための相談員)も、その宇宙に出口を作れない。

 

身動きの取れない、終わりのない息苦しい世界。にも関わらず、オ・ジョンヒが描き出す少女の宇宙は美しい。静かで繊細な比喩の連なりによって、私はそこに何かあたたかなものさえ感じてしまう。その印象の訳は、作中の人物のひとり、寝たきりになって雲を見ることしかできなくなった英淑(ヨンスク)おばちゃんの教えが示唆しているかもしれない。

 

「すり減って丸くすべすべの石ころ、去年の葉っぱ、その葉っぱの上を蓑虫が這っていった微かな跡、花の散る木、それを愛と呼び、その寂しさが私たちを生かしている」

 

「その寂しさ」で生かされるのは私たちも同じだ。だから私は宇美に淡く共感する。しかし同時に、子どもに必要なのは寂しさと水と食べ物だけではないという確信と焦りも、吐き気のように突き上げてくるのだ。

 

ぬいぐるみの腹が裂かれ、犬が食われ、エレベーターの中に小便が撒き散らされる光景が、私の目には人間がなぶり殺しにされる様のように見えてくる。遠くから聞こえてくるのは断末魔の悲鳴だ。未熟な子どもの宇宙の中にも、人間の精神の極限状態というものがたしかに存在しているということを、この小説は突きつけてくる。

 

オ・ジョンヒはこの作品によって、ドイツの文学賞「リベラトゥル賞」を受賞している(韓国人作家による、外国の文学賞の初の受賞事例)。読者による推薦本を候補作とする同賞の受賞は、『鳥』がドイツの読者にも強く支持されたということの証だ。解説によれば、「ドイツのメディアは、『鳥』が読者に受け入れられた理由に、社会から疎外された子供の存在という、ドイツにも共通する社会問題を、終始一貫子供の冷徹な視線を通して描き切ったことを挙げている」とのことである。

 

「社会から疎外された子供」。それを社会課題としない国はないだろう。本作が10ヶ国語で翻訳され世界各国で読まれているのも、この深刻な課題について、本作がとても雄弁に何かを語っているからに他ならない。

 

言うまでもなく、貧困と暴力にさらされる子どもなら日本にもいる。先日も宮崎県で、貧困からミルクを買えなかった女性が、0歳児の息子を衰弱死させてしまうという痛ましい事件が起きた。貧困と暴力の檻は、韓国にも、日本にも、田舎にも、都会にもどこにでもある。

 

「壁が泣いてるよ、お姉ちゃん。聞いてみて。本当だってば」

 

その声に耳を傾けるかどうか、その選択を私たちは常に迫られているのだ。それにうっすら気づいているすべての人に、本書の一読を勧める。

 

『鳥』段々社
オ・ジョンヒ/著 文茶影/訳

この記事を書いた人

小池みき

-koike-miki-

フリーライター・漫画家

1987年生まれ。愛知県出身。2013年より書籍ライター・編集者としての活動を開始。『百合のリアル』『残念な政治家を選ばない技術?選挙リテラシー入門』など、新書を中心に書籍の企画・構成に関わる。エッセイコミックの著書に『同居人の美少女がレズビアンだった件』『家族が片づけられない』がある。

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitterで「本がすき」を