2019/01/29
吉村博光 HONZレビュアー
『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』ダイヤモンド社
朝倉祐介/著
トマ・ピケティの『21世紀の資本論』があれほど売れたのに、どうしてまだ世の中は売上高を中心に回っているのだろう。例えば、利益や資産がどれだけ低くても、業界内で売上高の占有が一番高い会社がリーディングカンパニーともてはやされるのはなぜなのか。
本書はその疑問に答えてくれた。なかでも特に、過去の成功体験に縛られているからだという指摘は腑に落ちた。過去とは、経済成長から得られる利潤(g)が投資によるリターンから得られる利潤(r)よりも大きかった、史上稀なる時代のことである。
ピケティは、既にg<rとなっている現代では、貧富の格差は拡大するとし資本主義への疑義を提唱したはずではなかったか。にもかかわらず、経済成長を前提とした「PLベースの管理手法」が人事評価に組み込まれ現場まで浸透している、と本書は指摘している。
さもありなん。では、それに替わるものは何か。それが、ファイナンス思考なのだ。
このような時代の結節点で、我が家では、研究開発費(投資)ばかり嵩んで一向に利益が出ない私の趣味(競馬)に、冷ややかな視線が向けられている。それは投機だろうと古臭い反論もあるだろう。しかし、私にとって馬券は原価、競馬新聞や本は立派な投資なのである。
その投資がいずれ大きな利益をもたらす、と私は信じて疑わない。しかし、それがいつになるかが分からない(笑)だけだ。しかも、サンクコストバイアス(これまでかけた費用によるしがらみ)におかされている可能性だってある。肝心なのは、ビジネスはそれでは困るということだ。
そこで、本書の登場である。g<rの時代は、短期的な売上には直結せず一時的にPLを毀損する可能性はあるが、将来的に大きな利益を生む投資を適切に「評価」し採用するのが重要である。本書では成功事例を列挙し、評価のポイントをわかりやすく紹介している。
「売上を増やせ。利益は減らすな」
「減益になりそうなので、マーケティングコストを削ろう」
「うちは無借金なので健全経営です」
「黒字だから問題ない」
こんなフレーズがあふれていたら、その組織は未来の成長より目先の業績を優先する「PL脳」に侵されている。会計の知識より先に、成長を描いて意思決定する頭の使い方「ファイナンス思考」が今こそ必要だ。 ~本書オビより
私は、従来の「PLベースの管理手法」を冷静に受け入れながら、自ら「ファイナンス思考」で考え未来を切り拓いていこうという、若い世代が大勢いることを知っている。そういう本が多数生まれ、多くの読者を獲得してもいる。
じつは本書も、よく売れている。私のようなオジさんもよく読んでいるようだ。雑誌でも紹介されていたし、ビジネス書グランプリでもノミネートされていた。上から目線でPLによる管理を否定せず、以前は合理性があったという立場なので誰にでも読みやすいのである。
本書でも書かれているが、将来稼ぐお金を最大化する「ファイナンス思考」をこれから軌道に乗せることは「いま乗っている船を操舵しながら、新しい船を作る」ような芸当だろう。しかし、新旧世代が力を合わせて、それに取り組めたら最高ではないか。
取り上げている企業は、アマゾン、リクルート、JT、関西ペイント、コニカミノルタ、日立製作所…など多岐にわたる。事例を紐解くカギを事前に渡してから示しているので、理解が進む構成になっている。ビジネスに直結する内容になっているのは間違いない。
最後に、私が本書を手に取った理由を、もう一つ付記させていただく。著者の略歴を見て、猛烈に興味を持ったのである。「競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。」
…私もそんな人生を歩んでみたかったなぁ、と生まれてはじめて思った。
『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』ダイヤモンド社
朝倉祐介/著