ついに食べる日が来た!「培養肉」の取扱説明書
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私たちがふだん何気なく食べているごはん。そこには、壮大な物語が眠っている――。
気鋭の分子調理学者・石川伸一先生が、アウストラロピテクスの誕生からSFが現実化する未来までを見据え、人間と食の密接なかかわりあいを描きだす光文社新書『「食べること」の進化史』が刊行されました。発売を記念して本書の一部を特別に公開致します。

 

 

 

◆1個3500万円の「培養肉バーガー」

 

人工的に“肉を育てる”ことで、家畜を飼うことなく、食肉を手に入れる時代はやってくるのでしょうか。特定の細胞を抽出・培養し、得られた肉の塊を食肉とする「人工培養肉」が、現実化してきています。

 

専用の施設の中だけで作ることができる培養肉は、食料不足や環境問題など、現代の畜産業では対応しきれない、あるいはそれによって引き起こされている多くの問題を解消するのに役立つとみられています。さらに将来、人類が火星や月に長期滞在できるようになったとき、食べものを得るために、培養作業を主体とした「細胞農業」といった分野が発展する可能性もあります。

 

2013年、オランダのマーストリヒト大学の生理学者マルク・ポスト氏らが、牛の幹細胞を培養し、3カ月かけて作った2万本もの筋肉細胞に、パン粉と粉末卵を加えて味を整え、140グラムの牛肉パテを作ったことがニュースになりました。

 

課題は、培養にかかるコストです。オランダで作られた人工培養肉バーガー1個の製作にかかった費用は、約3500万円でした。細胞が育つために、高価な成長因子を外部から添加する必要があったためです。

 

日本のインテグリカルチャー株式会社では、成長因子を添加せずにさまざまな細胞を大規模に培養できる「汎用大規模細胞培養システム」を開発し、消費者の手の届く価格帯で提供することを目指しています。CEOの羽生雄毅氏は、100グラムあたり60円で、2020年代半ば、遅くても後半には、スーパーマーケットなどで人工培養肉を販売することが目標と話しています。

 

◆魚も「培養」される時代

 

人工培養肉の開発対象としては、牛や豚だけの家畜だけではなく、サケなどの魚も研究されています。さらなる技術革新が進めば、「赤身と脂肪を自在にコントロールした肉」「絶滅が危惧されている魚肉の培養」など、応用できる対象は広くなるでしょう。一部のベジタリアンや動物愛護団体からも賛同を受けているように、環境に優しいことから、人工培養肉は「クリーンミート」とも呼ばれています。風味や食感、栄養面に優れること、安全性や衛生的に問題がないことが証明できれば、「新たな食料生産時代」がやってくるかもしれません。

 

その一方で、不気味さを込めて、人工培養肉を「人造肉」、培養肉のビーフハンバーガーを「フランケンバーガー」と呼ぶ動きもあります。これまで見たことのない食品に対する不安感、人が“造った肉”に対する嫌悪感や拒絶反応があるとわかります。遺伝子組換え技術による食品が、長い年月を経ても社会で十分に受け入れられていないのと同じ構図です。

 

食のテクノロジーの難しいところは、単に内容が優れていれば、普及するものではなく、いかに消費者に理解され、受け入れてもらえるかが肝になるということです。食はどんなものであっても、食べる人がいて初めて成立します。テクノロジーの発展を追うように、食卓にも私たちの想像を超える食べものが次々と登場してくるでしょう。目の前に出された驚きの食をどう見るかは、私たち一人ひとりが判断することです。

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「食べること」の進化史

「食べること」の進化史培養肉・昆虫食・3Dフードプリンタ

石川伸一(いしかわしんいち)

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