akane
2019/01/30
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2019/01/30
『哲司、あんたのような人間を世の中ではクズと呼ぶんやで』河出書房新社
石田香織/著
どことは知れない山の中の、街道沿い。街から逃げ出して、いまは廃墟となったラブホテル〈ふたりのすばこ〉で雨風をしのぐ〈私〉こと渋谷哲司。事務所だった部屋からペンと便箋の束を見つけ、豊田さんに宛てて手紙を書くことにした。豊田さんは、パチンコ屋で隣り合わせになり、ゴマ油と塩を混ぜたおにぎりをくれた女性だ。深い縁があるわけではないが、そんなささやかな縁さえ、心安らかな思い出になってしまう幸薄そうな男なのだろうと、冒頭から予感がある。
〈私〉は手紙の中で、五十数年の人生を幼少期から思い出していく。たとえば、つりが好きで自分と兄に肩車をしてくれた優しい〈たかし兄ちゃん〉は、母と再婚してから暴力を振るう父となったことなど。禍福はあざなえる縄のごとしの人生だ。〈哲司くん〉〈渋ちん〉〈てっちゃん〉など、身を置く場所が変わるたびに呼び名が変わり、暮らしや仕事も変わる彼の人生の収支は、ひいき目に見ても2分8分でマイナス。降りかかる厄災をニヤニヤと、ごまかし笑いでやり過ごすしか心を守ることができなかった〈私〉の回想の断片からは、小銭泥棒、DV、借金……と、タイトル通り、世の中ではクズと呼ばれてもしかたない行状も見えてくる。
それでも流れついた先で優しさの板きれにつかまり、今度こそ岸にたどり着けるのかと思った矢先に、〈いつだって壊れてしまう。壊れたのか、壊したのかは私には分かりません〉と綴る男の寄る辺のなさは、境遇こそ違えば、生まれなかった思いだろう。ゆえに重い。壮絶な体験を経ても性根はいいままで、世間の辺境にいる弱い者たちに優しい哲司。胸を張れることが何もないように思う生き方の中にも、人に優しくしたりされたり、決して耀(かがや)きを失わない瞬間があることを、読者に思い出させてくれる。
『血の雫』新潮社
相場英雄/著
接点のない被害者の連続刺殺事件を捜査する捜査一課の田伏とIT企業から転職してきた長峰。やがて〈ひまわり〉と名乗る犯人によって、ネットを駆使した劇場型犯罪へと発展する。一方、捜査の過程で、被害者側の裏アカウントや福島の果物をめぐる風評被害ともいえる悪意の投稿が突き止められ、事件は意外な貌を見せ始める。舞台は後半、震災後の被災地へ。いまなお被害が続いている現実にもスポットを当てる。ラストで犯人が田伏に宛てたメッセージは、ネット社会ならではの無自覚で無責任な罪の重さを突きつけるものだ。社会派ミステリー。
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