2019/01/24
横田かおり 本の森セルバBRANCH岡山店
『はつ恋』ポプラ社
村山由佳/著
まるで、愛しい人に触れるように、やさしくページをめくりたい。生まれたての赤ん坊を見るような、愛に充ちたまなざしで、二人の行く先を見守りたい。
『はつ恋』は、愛する人と出会うために生まれてきたのだと信じさせてくれる、いとおしくて尊い物語。
南房総の一軒家に住む小説家のハナと、古くて新しい恋人のトキヲ。
咲き誇る季節の花々から知る、移ろいゆく自然の美しさ。お気に入りの物に囲まれた空間で愛猫と過ごす、かけがえのない時間。
そして、今までの恋とは全く違うトキヲとの“はつ恋”。
古くて新しい恋人。それは、二人が幼なじみだったから。
子どもの頃、隣同士に住んでいた二人は、ハナの引っ越しによって離れ離れになる。トキヲにとってハナは憧れの存在だった。
二度結婚し、独身となったハナと、前の結婚で授かった娘と母親と暮らすトキヲ。
二人は三十八年の時を経て再会する。時が、満ちたのだ。
大人同士の恋は若い頃の恋とは違う。大人になった二人にはキャリアを築いた仕事があり、それぞれに暮らす家がある。年老いた親や、子どもの存在。すぐには会えない状況や、一緒にいられない事情。ただただ好きで、ずっと一緒にいられると思っていた恋のようにはいかない。
何があっても一人で生きていけるよう、誰にも脱がせることができない強固な鎧を身に纏い、仕事だって、恋だって、時には結婚だってしてきたハナ。本音もわがままも、ずっと押し殺してきた。強くて……本当は人一倍さびしがりやのハナ。
でも、トキヲの前でだけは違う。誰にも言ったことがないような、ひどい言葉もぶつけられる。誰にも見せたことのない姿で泣きじゃくることができる。言えなかった言葉。ぶつけられなかった想い。かつての夫にも、実の母親にさえ、見せられなかった。けれど、本当は大切な人に受け止めてほしかった、本当の自分。
たとえ激しいケンカになろうとも、決して離れていかないと信じられる、はじめての人。どんな私でも、どんな彼でも、離れないし、離さない。お互いがそう想い合える、はじめての恋。
恋なんてたくさん経験してきた。それは、恋の数だけ別れを経験してきたということ。別れの痛みを抱えながらも、すっくと立ち続けてきたということ。
心の傷も、たくさん抱えてきた。深く鋭く、心に突き刺さった無数の棘。ふとした拍子にたちまち膨れあがり、心を支配してしまう過去の痛み。でも、今ではその痛みも包み込めるほどの愛が自分の中にあることを知る。
ただの“恋”ならいつでもできる。でも“はつ恋”はそんな恋とは比べものにもならない。恋によって傷つき、のたうち回って、それでも信じた道をまっすぐ歩いてきた人だけに贈られる、神さまからのプレゼント。過去を赦し、今を受け入れ、未来まで信じられるような、はじめてだらけの最後の恋。
二人でいることが自然で心地よくて、安心して心を委ねられる。誰にも言えなかった胸の内も、素直に打ち明けられる。二人でたくさん泣いて、それ以上に笑って。時には激しい喧嘩をしても、やさしく抱き合って仲直りをする。何より自分らしくいられる、最愛の人。
こんな恋が私にも訪れるといいと願う。同時に、あたたかくて懐かしい「愛」と名付けるしかないような感情が胸いっぱいに広がる。
ハナとトキヲも、こんな気持ちで“はつ恋”をしているのかもしれない。
『はつ恋』ポプラ社
村山由佳/著