自分の嫌なところを毎日見つめる、内省のススメ
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『論語』という言葉を聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか? 古くてわかりにくいものだと思っていませんか? そんなことはありません。先人たちが人間の悩みを考えに考え抜いた結晶で、後世まで読みつがれるいわば生きるための指南書です。明治以来、日本は西洋中心主義に傾いてきましたが、その限界が見え隠れする現在に、「東洋思想の力」を見直してみてはいかがでしょうか。

 

 

「自分の心の内側を見ましょう」と言っても、どうやったらいいかわからない人も多いかもしれませんね。私なりのやり方を教えましょう。

 

まず、廊下の隅や壁に向かってきちんと座ります。座禅でも正座でもいいです。要は、腰が立っていること。背骨が立っていることです。そして呼吸です。腹式呼吸でゆっくりと鼻で吸って吐きます。空間が開けたほうではなく、壁に向かって座ることが鍵です。そのほうが集中できるからです。もっとも最初のうちは、座っていても妄想ばかりが心に浮かんできます。「終わったら早くビールが飲みたい」とか、そんなことばかりです。

 

そのうち、自分の嫌なところ、欲張りなところとか、いやらしいところとかが、うんと出てくる。それを見なくては駄目です。それをじっと見て、自分はこんな嫌なやつだったのか、こんな汚らしいやつだったのか、と思う。

 

そのときに、落ち込んだり憤ったりせずに、率直に、素直に、淡々と見るのが鍵です。「自分にはこういうところがあるな。困ったもんだな。嫌なやつだな」と思いながらも、ちゃんと見る必要があります。「狡猾で、ずるいね」とか、そういうのが見えてくる。

 

先ほどの話につながりますが、そういう面が自分にあるからこそ、自分のそういう面を封じ込める、発揮させないようにする自己鍛錬が大事なのです。それこそが、うまく生きる、愉快に生きる基本です。愉快な人生は自己鍛錬があってはじめて成り立っている。

 

どんな人間でも、善も持っていれば悪も持っている。両方持っています。「極悪非道になろう」と思えばそうなれるのが人間なのです。そういう部分を承知しているからこそ、そうならない。「善人になろう。良いところをもっと強化しよう」と思っているから、善が出てくるのであって、もともと「悪がまったくない」という人は一人としていないのです。

 

ときどき、「どうしてあんな立派な人があんなことをやったのだろう」と言う人がいますが、そういうものではない。誰もが悪の部分を持っている。ただ、それを出すまいとする力が勝っているときは抑え込まれている。けれど、たまたま、一つ二つ、ポロッと出るときがある。自分の悪の部分を封じ込める自己鍛錬がいかに大事かわかるでしょう。

 

さて、そうやって自分の嫌なところを素直に見ることを1、2年続けます。そうして続けていると、雲に晴れ間ができて、きれいな空が見えてくる。どういうことかというと、「自分にはこんな綺麗なところもあるんだ」ということが出てくるのです。どんどん綺麗なところが増えてくる。

 

それを続けていくと、最後に、本当の人間としての自分のすごいところ、「絶対なものと通じ合うもの」も見えてくる。それを「悟り」といったらいいのかもしれないですね。

 

自分の内面を見るには、座禅を組むのもよい方法だと思います。私も13年間やって、それなりのところへ行ったと思います。

 

 

以上、『ぶれない軸をつくる東洋思想の力』(光文社新書)より、一部改変してお届けしました。

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ぶれない軸をつくる東洋思想の力

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田口佳史(たぐちよしふみ)/枝廣淳子(えだひろじゅんこ)

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