akane
2018/11/01
akane
2018/11/01
2017年12月15日朝、サンディエゴ中心部から、東に向かって車を走らせた。国境の最西端とは逆だ。最西端に向かう前にチェックする場所があった。
税関・国境取締局は10月、トランプ政権がメキシコ国境に建設を目指す壁の「試作品」をサンディエゴ郊外の国境沿いに完成させ、公表していた。その実物を見に行くのだ。電話で担当者とやりとりしてきたが、今ひとつ要領を得ないので、直接訪れることにした。
当局の担当者は電話で先週、「来週は見せることができるので、ぜひどうぞ」と言っていたが、結局、見ることはできなかった。「壁の品質検査が遅れている」からだという。腑に落ちないが、仕方がない。メキシコ側からのほうがよく見えるとの情報を得ていたので、再び国境を越えることにした。
試作品が並ぶ場所から一番近い入国管理施設は、オタメサという町にあった。メキシコ側の町は、2月にも訪れたティフアナだ。オタメサの国境近くにあるショッピングモールに車を止め、国境の入国管理施設に向かった。比較的新しい建物だった。係員は入国スタンプを押してくれた。
施設の外に出ると、バックパック姿の女性3人組がいた。声をかけると、壁の試作品を見に行くというので一緒に向かうことにした。大学の研究員だという。試作品が見える場所をスマートフォンの地図で確認し、タクシーの運転手に説明した。運転手はその場所を知っていた。
3㎞ほど走ると未舗装の道路になり、左手に錆びてゆがんだトタン板製の壁が続いた。これが国境の壁だった。何とも頼りない。しばらく進むと、その壁の向こうの米国側に、コンクリートなど様々な素材を用いた8種類の真新しい壁の試作品が並んでいた。車を降り、よく見える場所を探していると、運転手が「ドラム缶と廃車の残骸がある。あの上がベストスポットだ」と教えてくれた。
不安定なドラム缶の上に立ち、錆びた国境の壁に手をかけると、試作品が一望できた。ソーラーパネルのようだ。いずれも高さは約9m。トタン製の現存の壁より高い。試作品のそばには誰もいなかった。品質検査、やってないじゃないか……。
国境のメキシコ側は、鉄くずや産業廃棄物を処理する小さな建屋のようなものが並んでいた。真っ黒に日焼けした若い女性が、笑いながらつぶやいていた。スペイン語でわからない。英語で試作品をどう思うかと尋ねると、「米国はまぬけだ」と片言で答えた。
試作品の撮影を終え、米国側に戻った。国境の最西端、太平洋に面するサンディエゴ南方のインペリアルビーチだ。フリーウエーを乗り継ぎ、まっすぐ西へ向かった。ところが、あと3㎞というところで、道はあるのに車の通行ができなくなっていた。最後は歩くことにした。
この辺りはボーダー・フィールド州立公園の敷地内だ。サンディエゴとティフアナを結ぶ交通量の多い道路からは10㎞以上西に離れている。平日ということもあってか、公園の駐車場に車は一台もなく、人の姿もない。米国人スタッフと海を目指し、歩き始めた。
12月というのに気温は25度と暑い。オフロードを走る車の音がした。国境警備隊だ。バギータイプの小型車両。隊員はサングラス越しに軽くあいさつし、去っていった。見た目だけで彼らの興味の対象外と判断されたようだ。
海の手前に丘があった。左手に続く国境の壁は一部が二重になっていた。先ほど見たトタン製の古い壁と、鉄製の頑丈な柵だ。かつてこの辺りは不法入国が頻発したとされるが、そのような雰囲気はない。メキシコ側はきれいな住宅やリゾートホテルのような建物が並んでいる。
丘を登ると小さな公園があったが、今日は誰もいなかった。代わりに、別の国境警備隊の車が2台、止まっていた。中で隊員がスナック菓子を食べていた。
公園から海が見えた。丘を下ると砂浜だ。一気に駆け降り、砂浜から海へと延びる柵に近づこうとした。手前に看板があり、「柵に近づくな」と書いてある。説明書きを読んでいると、先ほどの隊員の車が近づいてきた。また、警備隊か……。
隊員が「何をしている?」と聞いてきた。壁を見に来たと答えると、「見るだけだぞ。越えるなよ」と冗談っぽく言った。面白くなかった。仏頂面を返したが、反応することなく、車は走り去った。
砂浜でしばらくたたずんだ。メキシコ側には観光客がたくさんいて、展望台のような場所ではツアー客らしき人だかりがあり、何人かがこちらの写真を撮っていた。砂浜ではメキシコ人とみられる子供たちが、国境の柵から50mほどのところでサッカーをしていた。こちらには近づいてこなかった。
子供たちのはしゃぎ声と波の音だけが響いていた。平和な雰囲気だ。ただ、柵越しに子供たちの顔を見ていると、柵が彼らを拒絶しているように思えてきて、複雑な気持ちになった。
*
この記事は『ルポ 不法移民とトランプの闘い』(光文社新書)より一部を抜粋、再構成してお届けしました。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.