akane
2018/11/01
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2018/11/01
宇宙の大規模構造は、宇宙初期にあったわずかな密度ゆらぎから成長してきたものだ。この初期ゆらぎは、宇宙マイクロ波背景放射が発生した宇宙年齢38万年のころにはすでに存在していた。また、ダークマターのゆらぎは、重力不安定性が働き始める5万年のころにはすでに存在していた。
では、この初期ゆらぎは、いつ、どのようにしてできたのか。
初期ゆらぎが生成されるところを直接的に観測することはできない。したがって、理論的な推論に頼るしかない。現在のところ、もっとも有力な説と考えられているのが、宇宙のインフレーション中に生成された量子ゆらぎを起源とするというものである。
宇宙の極初期に宇宙が急膨張したのだとする仮説をインフレーション理論という。
インフレーションとは、インフレーション理論における極初期宇宙での急膨張のこと。このインフレーション理論は、現在の宇宙の性質を説明するのに都合の良い特長を備えているので、多くの研究者から有望視されている。
もともと、インフレーション理論はいくつかの問題を解決するために考えられた。その代表的なものが、宇宙の一様性問題と平坦性問題と呼ばれるものである。
宇宙マイクロ波背景放射の温度は10万分の1の精度で等方的(方向に依存しない)。地球から見て、まったく逆の方向からやってくる電波の温度が一緒なのだ。逆の方向からやってくる宇宙マイクロ波背景放射が放出された場所は、現在の宇宙で約920億光年離れている。これほどの距離だけ離れた場所が、示し合わせたように同じ温度だったということは、何らかの方法で過去に連絡が取れていたことを示唆している。
宇宙の極初期の段階で、宇宙が現在とは比べ物にならないほどの急膨張をしたインフレーションの時期があったとすると、この問題は解決される。
細かい説明は省くが、このように、インフレーションがあれば宇宙の一様性問題というのは解決できる。
現実の宇宙空間は、局所的に少し曲率を持っている。つまり、宇宙の中にある物質やエネルギーが空間を曲げてしまうという性質である。これは、アインシュタインの一般性相対理論によって明らかにされている。
私たちが住んでいる膨張宇宙の場合、宇宙の中にある平均的な物質やエネルギーの密度が大きければ大きいほど、宇宙空間の曲率は全体として大きくなる。宇宙の中にある物質やエネルギーの密度が十分に大きければ、宇宙の曲率は全体として正になる。逆に、宇宙の中にある物質やエネルギーの密度が少ないと、宇宙の曲率は全体として負になる。
宇宙全体としての曲率がちょうどゼロになる境目の密度を臨界密度と呼ぶ。宇宙の物質やエネルギーの密度がちょうど臨界密度のときに、宇宙全体の曲率がゼロとなり、宇宙空間が平坦になる。現在の宇宙における物質やエネルギーの量は、ちょうど臨界密度に等しくなっているのだ。
これが、宇宙の平坦性問題と呼ばれるものである。
宇宙の曲率は任意の値であっても構わなかったはずなのに、ほとんどゼロなのはなぜかという問題だ。
この平坦性問題も、インフレーション理論が解決する。
インフレーションの起きる前に、曲率がゼロでない適当な値を取っていたとしても、インフレーションが起きると空間の小さな部分が大きく拡大されるため、空間曲率が急激にゼロに近づいていくのだ。
インフレーション理論における急膨張は、極初期の宇宙で始まり、十分に宇宙を膨張させたあと終わる必要がある。何がインフレーションを引き起こしたのかについては、理論的に様々な説があって決着していないが、何らかのエネルギーが一時的に空間に広がったと考えられている。そのエネルギーは、空間が膨脹しても薄まらないものだ。
そして、空間が膨脹しても薄まらないという性質を持つ場として知られているのが、「スカラー場」と呼ばれるものだ。スカラー場が宇宙空間に充満すると、インフレーションが引き起こされる。
スカラー場というのは、場所ごとに異なる値をひとつずつ持っている。その値は、特定の形をした斜面において摩擦を受けながら転がる様子にたとえることができる。どのような斜面を転がるのかという点については、理論的にいろいろな可能性があるものの、典型的に考えられる例としては、2種類の斜面だ。
この斜面のことを、「インフラトン・ポテンシャル」と呼ぶ。インフレーションを起こすスカラー場のことをインフラトンと呼ぶ。また、ポテンシャルというのは位置エネルギーに対応する量で、インフラトンの持つ位置エネルギーだと考えておけばよい。
量子ゆらぎとは、量子論の不確定性原理から導かれる性質のことだ。20世紀初頭、原子の世界など極微の世界には、それまでに考えられていたニュートン力学などの古典的な力学が当てはまらないことが明らかにされた。
例えば、ニュートン力学では粒子の位置と速さが同時に正確な値を持つことができるが、そのことは極微の世界では成り立たない。粒子の位置を決めれば速さが決まらなくなり、速さを決めれば位置が決まらなくなる。一般には位置と速さはある程度の幅を持った曖昧な値にしか決めることができないのだ。
その曖昧さは人間の日常生活では気がつかないほど小さい。このため、粒子の位置も速さも同時に決まっているように見える。だが、実際にはそうではなかったのだ。
宇宙空間の場所によって、インフラトンの進み方にムラがあると、再加熱する時間が場所によって異なってくる。インフレーションが終わる時期が、場所によって少しずつ異なるのだ。すると、再加熱によってできる物質などの量が場所によって異なることになる。すなわち、密度ゆらぎが生成される。
このように、インフレーション中の量子ゆらぎがもとになって、インフレーション後に起きる熱いビッグバン宇宙に密度ゆらぎが仕込まれる。これが、インフレーション理論における、初期ゆらぎの生成機構だ。
宇宙の初期ゆらぎの由来は、インフレーション理論が有力であるものの、他の可能性がないわけではない。宇宙初期に真空状態が変化する相転移が起きるなどすると、「ドメイン・ウォール」と呼ばれる曲面状の構造や、「宇宙ひも」と呼ばれる曲線状の構造などができる可能性がある。こうした相転移に伴ってできる顕著な構造を「位相欠陥」と呼ぶ。位相欠陥には、他にも点状をしたモノポールや、空間的に広がったテクスチャーというものもある。
ともあれ、初期ゆらぎの詳細な性質を明らかにすることは、初期宇宙に何があったのかを探る有力な手段なのである。
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以上、『図解 宇宙のかたち』(松原隆彦・高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所教授:著、光文社新書刊)から抜粋・引用して構成した。
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