ryomiyagi
2020/09/19
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2020/09/19
『僕の神さま』
角川書店
「本作品に収録されていない2千字ほどのミステリー『水谷くんに解けない謎』を単発で書いたのが始まりでした。小学生の名探偵・水谷くんは何でもわかるのに、バレンタインデーには興味がなくて……という話で、水谷くんというキャラクターが気に入り、いつか登場させたいと思っていました」
吉川英治文学新人賞、本屋大賞、山本周五郎賞の候補になるなど文学界が大きな期待を寄せる芦沢央さん。新作『僕の神さま』が誕生したきっかけを語ります。
「そんなことを考えていたとき、“猫ミステリー”の依頼をいただきました。猫アレルギーの話を思いつき、水谷くんを登場させようと執筆したのが第1話の『春の作り方』です。そのときには水谷くんの話で1冊にしたいと考えていましたので、第2話にあたる『夏の“自由”研究』はすぐに書きました。ところがその後、バラバラな話を5本そろえて1冊にする形でいいのかという思いから、悩んで書けなくなって……。4話め『冬に真実は伝えない』で僕が持っていた罪悪感を描くという構成が浮かんでからは、この物語が書ける、早く書きたい、と」
主人公は小学5年生の僕と水谷くん。水谷くんは学年でいちばん小さいのに大人みたいに淡々としていて、どんな問題に対しても何が起こったのか、何で起こってしまったのか、どうすればいちばんいいのかを考えてくれる僕たちの“神さま”です。第1話は、祖父が大切にしている、亡くなった祖母が作った桜の塩漬けが入った瓶を落として中身をこぼしてしまった僕が水谷くんに相談する物語。第2話は、僕と水谷くんが、転校生の川上さんから“父親のパチンコ通いを止めさせたい”という相談を受ける物語。川上さんの真の悩みは何か、子どもにできることはあるのか。僕は逡巡しながら、水谷くんとなんとかしたいと動きます。エピローグでは水谷くんと僕が導き出すある結論が描かれます。
「小学生が主人公のため、単語レベルで“この年齢の子どもは使うか”と考えながら書きました。また、僕の視点で物語が進むので、地の文では書いていないことが多いんです。たとえば水谷くんのキャラクターもその一つ。僕は水谷くんを“何でもわかる神さま”と盲信しています。そんな偏ったフィルターを通して描かれているので、読者は水谷くんが実際には何を考えているかわかりません。水谷くんの視点がないので彼が背負っているものを書きました。そこが本作品の特徴的な点ですし、私にとっても新しいことでした」
この“水谷くんが何を考えているかわからない”が、エピローグで回収され、読者は“そうきたか!”と思いっきり驚かされます。
「私は永遠に続く友情がいちばん素晴らしい、とは思っていません。そのとき、その人がいたから乗り越えられたなら、それで十分という思いがあります。お互いに尊重し合うからこそ距離を置く、という関係もあると思うのです。本作品は信頼をテーマに、そういう人間関係を肯定的に書いたつもりです。帯には“読んだら後悔するかも”とありますが、ほっこりしたり、違ったところに連れていかれたりなど物語に幅があるので、最後まで読んでいただけたらうれしいです」
芦沢さんはこう締めくくります。
「子どもは世界が限定的だからこそ、逃げ場がなく生きづらい。だからこそ“大人になるとどんどん楽しくなるよ、だから今の世界で絶望しないで”と子どもたちに発信していきたいと思っています」
ラストで僕と水谷くんに待っていることは? 小学生だった自分自身を思い出しながら、一気読みすること間違いなしです。
おすすめの1冊
『楽園とは探偵の不在なり』早川書房
斜線堂有紀/著
「天使が降臨し、人を2人殺すとすぐさま天使に地獄に落とされるという世界。そのなかで連続殺人事件が起こるという特殊設定のミステリーです。赦しとは何かを描いていますが、とにかくめちゃくちゃ面白いです!」
PROFILE
あしざわ・よう◎’84年東京都生まれ。出版社勤務を経て、’12年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。’17年『許されようとは思いません』が第38回吉川英治文学新人賞の、’19年『火のないところに煙は』が本屋大賞、第32回山本周五郎賞の候補になった。
聞き手/品川裕香 しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。
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