アルコール依存症の父への愛憎を書き切る|一木けいさん『全部ゆるせたらいいのに』
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BW_machida

2020/09/05

閉塞した家族関係のなかで光を見出しながら生き抜こうとする女性を描いたデビュー作が世の本読みたちを虜にした一木けいさん。新作は「デビュー作で書ききれなかったことを書いた、書かなければならなかった小説」と語ります。痛いくらい生々しい内面描写が心に染みる逸品です。

 

 

書き終えたとき、〝書かなければならなかった小説〟だと思えました

 

全部ゆるせたらいいのに
新潮社

 

 ’16年に第15回「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞し、2年後、受賞作品「西国疾走少女」を収録した『1ミリの後悔もない、はずがない』でデビューした一木けいさん。新作『全部ゆるせたらいいのに』は3作めです。

 

「デビュー作や2作めでは書かなかった父と娘の関係に突撃しました。1作めも家族について書いた作品で、そのときも父と娘のことを書こうという意識はありましたが、筆力が伴っていなかった。今回は編集者に“今なら書けるのでは?”と背中を押していただいて、アルコール依存症の父親との関係に踏み込みました。書き終えた今、私には書かなければならなかった小説だったと思っています」

 

 物語は、主人公の千映が怒りと絶望を抱えながら夫・宇太郎の帰宅を待つシーンから始まります。2人は高校の吹奏楽部の先輩と後輩。大学卒業後、千映は銀行、宇太郎はメーカーに就職し、2人で飲み歩くなど幸せな日々を送っていました。しかし、娘が生まれて1年半、千映は子育てに追われ、宇太郎は仕事にかこつけ泥酔するまで飲酒するように。そんな宇太郎を見ながら、千映はアルコール依存症だった父親を思い出します。まじめで仕事熱心だった父親は、酔うと千映や千映の母に暴力を振るいました。恵に同じ思いをさせるかも、と千映は不安になります。

 

 第2章では母親が語り手となり自身の結婚までの過程や夫(千映の父親)への思いが、第3章では父親が語り手となってアルコールに依存していく背景がつづられていきます。

 

 本書はフィクション。つまり、登場する千映や父親、母親が、一木さんやご両親そのままというわけではありません。

 

「当初は書く予定がなかった母についても書けたと思います。書いているうちに、なんとなく軽薄で、謎のポジティブさがある母の目線が出てきたのは、自分でも意外でした。実際、うちの母親もちょっと難ありの夫がいるからといって世間体を気にするような人ではありません。私が作家として仕事をしていることもポジティブに応援してくれています。過去に、好きな女の尿を飲む変な男の話を書いたことがあったのですが、そのときも“どんどん書きな!”と言ってくれましたし(笑)」

 

 私小説ではないとわかっていても、リアルなセリフの数々に読み手はついノンフィクションかと錯覚を起こしそうになります。

 

「私自身が味わったことのある感情ばかり書いていますので、リアルといえばそうなのかもしれません。ですが、エピソードについては、体験したことをそのまま書いたらつじつまが合わず支離滅裂なことばかりになり“こんなの、ありえない!〟となってしまいます(笑)。事実、アルコール依存症のことを書いたときに〝今の日本にこんな人、本当にいるの?〟というご感想をいただいて、驚かされたことも。小説を書く前に、私自身は父のことについては穏やかな気持ちになっていましたが、改めて、自分はずいぶんなところで生きてきたんだ、と思って」

 

 一木さんは「誰かを許すかどうか迷っている人に、許したらいいと言うべきではない」と続けます。

 

「本書はアルコール依存症の話ですが、幸せな記憶への依存の話でもあります。いい時を知っているからこそ見捨てられないし、諦められない。許せない。専門家は病気だというかもしれませんが、簡単には割り切れない情がある。そういうことが、届く人には深く届く作品であってほしいですね」

 

 父親に対する愛憎や怒り、後悔が千映のなかで昇華されていく道のりを祈るような思いで読み進めます。慈愛の意味を知る傑作です。

 

■一木さんの本棚から

 

おすすめの1冊

夜の谷を行く』文春文庫
桐野夏生/著

 

「連合赤軍が人質を取って立てこもったあさま山荘事件をもとに描かれたサスペンス。当時のことを全く知らないこともあり、面白く読みました。読んでいる最中は最高に幸福で、ずっとこの世界に浸っていたかったです」

 

PROFILE
いちき・けい ◎’79年福岡県生まれ。東京都立大学卒。’16年「西国疾走少女」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。’18年、受賞作を収録した『1ミリの後悔もない、はずがない』でデビュー。他の著書に『愛を知らない』。

 

聞き手/品川裕香 しながわ・ゆか◎フリー編集者・教育ジャーナリスト。’03年より『女性自身』の書評欄担当。著書は「若い人に贈る読書のすすめ2014」(読書推進運動協議会)の一冊に選ばれた『「働く」ために必要なこと』(筑摩書房)ほか多数。

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