akane
2019/03/01
akane
2019/03/01
英国ケンブリッジ大学のグループは、1950年代から電波源の探査を行ってきています。その成果は電波源のカタログとして出版され、位置や電波強度などがわかるようになっています。最初のカタログは1950年に出版され、現在まで9冊のカタログが出ています。これらのカタログはそれぞれ1C、2C、3Cというふうに呼ばれています。CはCambridge(ケンブリッジ)のことです。
初期の探査で見つかった電波源の中に、ひときわ明るい電波源があり、注目されていました。それは3C 273。3Cに登録されている273番目の電波源です。
ただ、電波源の追求観測で困ることは、位置決定精度が悪いことです。
実際、3Cにある電波源の位置決定精度は数分角もありました(1分角は1度の60分の1)。月や太陽の見かけの大きさは約30分角ですから、電波源の位置決定精度がいかに悪いかがわかるでしょう。数分角の空にはたくさんの星や銀河があり、どれが電波源なのか見分けがつきません。しかし、3C 273 は都合の良い天域に位置していました。白道。月が天を移動していくエリアにあるのです。つまり、3C 273は月に隠される現象が起こるのです(掩蔽 (えんぺい)と呼ばれる現象)。
当時、オーストラリアの電波天文台に、この3C 273に目をつけていた天文学者がいました。シリル・ハザードらは、この月による掩蔽現象を利用して、3C 273の精確な位置を決めようと目論(もくろ)んでいたのです。そして、1962年8月5日。ついにその日がやってきました。3C 273は確かに月に隠されたのです。
ハザードらは3C 273の近くに、もう一つ別の電波源があることに気がつきました。3C 273 の位置から角度にして、わずか20秒ずれています。二つの電波源を結ぶ方位角は、南西方向に44度。なぜ電波源が二つあるのかわかりませんが、二つあることは事実です。彼らはその事実だけを報告することにしました。
米国パロマー天文台にいたマーテン・シュミット(1929-)は、首を長くしてこの報告を待っていました。早速、口径5メートルのヘール望遠鏡をこの位置に向けて撮影してみました。
すると、そこには星のような天体が写っているだけでした。見かけの明るさは12・8等星。はたして、この何の変哲もない天体が、3C 273の正体なのでしょうか。
しかし、シュミットはジェットのようなものが南西方向に伸びていることに気がつきました。方位角は44度。星のように見える天体とジェット。まさに、ハザードらが同定した二つの電波源に対応する天体がそこにあったのです。
シュミットはその恒星状の天体のスペクトルを可視光帯でとってみました。口径5メートルのヘール望遠鏡を使えば簡単なことです。しかし、得られたスペクトルは不可解でした。
スペクトルには何本かの特徴的な輝線が見えるのですが、何の輝線かわからないのです。輝線の様子が今まで見慣れたものとはかなり違っていたからです。
その輝線のうち、4本はある規則的な間隔で並んでいることに気づきました。シュミットはそれらが、赤方偏移した水素ガスの放射するバルマー輝線だとみなせば、うまく説明できることに気がついたのです。
しかし、その場合、大変なことになります。赤方偏移がz = 0.158にもなるからです。
これを速度に換算すると、秒速4万7400 キロメートル。今まで観測されていた銀河の速度は、大きなものでも秒速数千キロメートル程度でした。3C 273で得られた速度は一桁も速いのです。
ところが、同じくパロマー天文台にいたジェシー・グリーンシュタイン(1909-2002)も、同じ驚きに出くわしていました。別の電波源3C 48の赤方偏移はさらに大きく、z = 0.367でした。速度に換算すると、秒速11万200 キロメートル。3C 273をはるかに越える速度です。
このこともあり、シュミットは安心して3C 273に関するレポートを発表しました。ハザードらの論文とグリーンシュタインの論文も同時に発表されました。1963年、「ネイチャー」誌の3月16日号でした。
彼らの偉大な観測と類い稀なる洞察で、私たちは電波源の中には非常に遠方に位置する天体があることがわかりました。3C 273と3C 48までの距離は約20億光年と40億光年にもなります。当時の人類が知っていた宇宙のサイズを、一挙に10倍以上広げる快挙となったのです。
彼らの発見は、もう一つ大きな問題を提起しました。3C 273と3C 48も、20億光年以上も彼方にある天体です。本来なら暗く見えるはずなのです。ところが、これらは見かけ上、明るく見えている。つまり、とてつもなく明るい天体であることを意味します。簡単に見積もっても、普通の銀河の100倍以上も明るい。しかも3C 273ではジェットのようなものまで出ている。大発見でしたが、結局、謎は残されたままになりました。
とにかく、3C 273や3C 48は新種の天体であることは間違いありません。正体はわかりませんが、これらは「星のように見える電波源」、英語でいうとquasi stellar radio sourcesなので、略してクェーサー(quasar)と呼ばれるようになりました。
電波銀河とクェーサーの発見は、天文学者を悩ませました。なぜなら、放射される電磁波のエネルギーがあまりにも膨大だからです。何しろ、普通の銀河100個分の明るさに相当します。普通の銀河には、太陽のような恒星が数百億個から数千億個も存在しますが、そのさらに100倍も明るいというのだから、事はそれほど簡単ではありません。
クェーサーのエネルギー源は何なのか。これは深刻な問題となりました。ただ、考えることは自由です。そのため、いろいろな説が飛び交うことになりました。要請される条件は、次の2つ。
・銀河の100倍以上の光度
・太陽系程度の小さなエネルギー源
膨大なエネルギーと小さな領域。相容れない組み合わせの条件だ。そのため、超大質量ブラックホール説が檜舞台に出てくるまでに、さまざまなアイデアが提案されました。主なものをあげてみましょう。
1 物質の新たな創生
2 物質と反物質の相互作用
3 恒星集団の中での恒星衝突
4 恒星集団の中での超新星爆発
5 超大質量星
1にある〝物質の新たな創生〟説には驚かれると思います。
なぜ、こんなアイデアが出てくるのか。すぐにピンとくる人は少ないはずです。じつは、このアイデアは当時の宇宙論モデルの解釈が背景にあります。
それについては、次回お伝えすることにしましょう。
※
以上、『宇宙はなぜブラックホールを造ったのか』(谷口義明著、光文社新書)から抜粋し、一部改変してお届けしました。
株式会社光文社Copyright (C) Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.