BW_machida
2021/02/10
BW_machida
2021/02/10
生まれ育った家には思い出がある。そして、それ以上に父母が長年暮らした家には、そこで育った子どもたち以上の思い出と大切にしていた様々な文物が詰まっている。そこには、決して子どもには見せなかった姿や、思いもしなかった若かりし頃の父親や母親が透けて見えるコレクションがあったりする。それらの遺品こそ、残された者たちが亡くした者を偲んで分け合うものだが、その中には、いわゆる骨董品以上の価値のある、マニア垂涎の逸品が潜んでいたりする。
若者の文字離れだの、書籍離れなどと嘆かれる昨今、人気を博している「終活本」の中に面白い本を見つけた。『相続地獄』(光文社新書)と題された一冊がそれだ。
著者は、ワイドショーでお馴染みの経済アナリスト・森永卓郎氏。同氏は経済の専門家であると同時に、ミニカーや食玩のマニアとして「B宝館」なる施設博物館を新設するほどの蒐集家としてもつとに有名だ有る。
そんな経歴を持つ著者が記した終活本だけに、読み手として期待値も上がる。
もし明らかに自分の親が絵や骨董品のコレクターだということがわかっていれば、価値がある逸品だけでも、いくらのシロモノなのか訊いていうたほうがよい。死後に売却してよいものなのか、はたまたどこかの美術館に寄付してほしいのか、親の意向を訊いておこう。当然のことながら、まかり間違って棟方志功の真筆が遺品の中から出てきてしまったりすると、巨額の税金が発生する。
確かに、それほどの品が遺品に含まれていようものなら、残された者は大騒ぎするに違いない。しかし一般的な家庭に、そのような気遣いは必要ないとは思うが、もしかすると両親の、一世一代の買い物を知らされることになるかもしれない。
一度真剣に、聞いてみても損をすることは無い。
「しかしうちの親は、そんな有名な作家の作品などには縁が無い」と苦笑いしている方も、著名な好事家でもある著者の言葉にきっと身を乗り出すに違いない。
皆さんの親の中にも、いつのものだかわからないブリキのオモチャや、戦前に発刊された田河水泡『のらくろ』の初版本をもっている人もいるかもしれない。そうしたお宝は金銭的価値があるのだから、「オヤジのコレクションってすごいよね」とおだてながら、コレクションのいわれを聞き取り取材してみるとよいだろう。
さらに遺品の中に潜むお宝は、もっと現実的なところに潜んでいるらしい。
スマホを手に、Webやラインは使えていても、それ以上となると全く理解ができてない。そんな思いを、秘かに抱えている人は決して少なくないだろう。それがシニア、ましてや後期高齢者と呼ばれる日を間近にした世代となると、そのあたりの傾向は顕著である。さらに、お会計の際に言われるままに作った各種のポイントカードと来た日には、その後促されるまま使って貯まったポイントがどれほどあるかなど、全くあずかり知らななかったりするのが現実ではないだろうか。
かくいう私も、東北大震災後に施行されたエコポイントを、これを機会にと買い替えた家電のお陰で何十万円分も貯めるだけ貯めて、その後のちょっとした手続きが面倒で期限が切れるままにしてしまった苦い経験がある。やっと使うことに目覚めたマイルにしても、国内線で使っただけで、ご存じコロナ自粛の憂き目を見ている。
一人暮らしを始めた子どもや孫にと、大きめの家電や何かを買い求める親はどこにでも居る。それも一人じゃなかったりする。
その都度子どもたちが同行していれば別だろうが、そうでなければ貯まったポイントなどほとんど使って無いに違いない。
そんなポイントカードやクレジットカードはたくさんある。
本人が亡くなったとき、面倒くさがってそれらのカードを一括解約しない方がよい。
(中略)
ポイントやマイルを甘く見るなかれ。親の財布の中には、何十万円分ものヘソクリが隠れていることを知っておこう。
なんだかふざけているようで、不謹慎に感じる方もいるかもしれませんが、実はこんな探し様こそが不必要な緊張感を和らげてくれたりする。
私の場合もそうだった。
余りにも唐突に父を亡くし、意味も分からず消沈する中、歳の離れた妹が「お父さんって、こんなところに隠してたんだ」と、父親の蔵書に挟んだままのヘソクリの数万円を見つけた。そのはしゃぎように、意気消沈する母や姉は厳しい声を掛けたが、そんな声にもめげず、まるで宝探しでもするかのような妹の姿に雰囲気は和み、いつしか家族総出で宝探しならぬ貴重な遺品探索と思い出話に花が咲く一夜を過ごしたものだ。
とにもかくにも、まず第一に「リスペクト(尊敬)の念をもって親子のコミュニケーションをうまく取ってください」と言いたい。心の中では今まで育ててもらったことを感謝していても、照れくさくてなかなか親に「ありがとう」と言えるものでもない。そこを一歩踏み出して、「ありがとうね」と当たり前の一言を言うところから始めてほしい。
今から10年ほど前に「エンディングノート」なるものが登場した。言うまでもなくこれは、自身の最期にまつわる様々な出来事を想定して、告別式からお墓の手配や、遺産や遺品の差配などを一冊のノートにまとめたものだが、これがあっという類似品を連ねるヒット商品となった。このエンディングノートの登場により、それまでタブー視されていた人生の仕舞方を、食卓に持ち込んだように思う。
それが今や「終活本」として、残された者たちへ「やっておくべき」教則本として書店に並んでいる。そんな中『相続地獄』(光文社新書)は、経済アナリストとしてTVで活躍するコメンテーターであると同時に、ミニカーなどのコレクターとしてもつとに有名な森永卓郎氏の軽妙な語り口調と独特の視点で、面白おかしくも税法的な根拠を持つ正しい捉え方が記されている、読めば絶対に得する一冊だ。
文/森健次
森永卓郎
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