新型コロナもSDGsもぶっ飛ばす「プラネタリーヘルス」ってなに?
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BW_machida

2021/09/01

 

2021年夏。日本は、歴史に記される大きな転換期を迎えた。21世紀に突入以来、毎年のように更新する「観測史上最大」「100年に一度」の異常気象は、ついにこれまでは歳時だった梅雨すらも大災害として各地に傷跡を残し、同じく気候変動との因果関係を問われるコロナ禍は収まる気配を見せないままに本格的な医療崩壊の危機を迎えている。にもかかわらず、ブルーインパルスが、観客の居ない新国立競技場の空に「夢・感動」の虹を描き出す……。この不気味なアンバランスが、より過酷な未来を招来する前兆のような気がしてならない。

 

今にも飛び立とうとする軍用機に群がる群衆。泣き叫ぶ女と子どもたち。立ちはだかる名も知れない兵士に、我が子を託す男。
それは、戦争の世紀と言われた20世紀、超大国の覇権争いが残した負の遺産に他ない。二度の世界大戦以降も、朝鮮・ベトナム・湾岸と、幾度も繰り返してきたシーンがリアルタイム発信される時代になり、誰もが目するようになっただけなのだ。
それでも東京では、オリ・パラが開催されている。そんな不思議で不気味なニュースに独り言ちている最中、『腸と森の「土」を育てる』(光文社新書)を手に入れた。
著者は、バイオロジカル医療や腸内フローラ研究などをもとにした予防医療に携わってきた桐村医師。生命科学・常在細菌学・意識科学・人文科学・最新の数理学などをもとにヘルスケアの意味を再定義し、その重要性を発信し続けている医師だ。

 

「人は森であり、腸に『土』を内包している――」
人にとって最も身近な自然環境は「腸内環境」であり、そこは人が根を下ろす「土」にあたる。土壌に暮らす微生物が、食べ物と共に腸内に移住したものが腸内細菌の起源であり、人は今でも「食べる」ことを通して、外的な環境と接続しているのだ。日々の食べ物が腸内の土作りの材料になり、消化や腸内細菌による発酵を通じ栄養豊かな土となる。それはまるで、森の落ち葉や動物の死骸から腐植土が作られるシステムと同じである。

 

これは、本書の冒頭ですらないカバーの袖書きの一節。
それを人は「自然回帰」とでも呼ぶのだろう。残念なことに、都会が好きで、派手に遊ぶのが大好きだった若かりし頃の私は、流行りに乗じて波乗りだのディンギーだのと興じたけれど、といって自然に対するリスペクトなどさほども持ち合わせていなかった。それが歳を取り、幾らか分別がついてくると、少しずつだが自然と向き合う時間を大切に感じるようになってきた。
すると突然、森に、それも叶う限り深い森に惹かれている自分に気付く。
癒しを求めて……。いや、それほど疲れているわけではない。
それでも、深い茂みに囲まれると落ち着く気がする。なぜだろう。

 

人があらゆる分野において、分断思考に基づいて自然を支配し、社会システムを構築した結果、人を含む地球全体の病を生んでいます。
心身の病気や飢餓、貧困などの社会問題、差し迫る環境問題など、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)に掲げられたあらゆる課題は、全て、人が自ら生み出し、全体を破壊しながら自らの首を絞めている、自己矛盾した状態です。
一人ひとりが健康な心身を保ちながら、壊れた世界を同時に治癒させていくためには、人を含む全体を最適化するヘルスケアが必要です。
「人と地球は別々の存在ではなく、相互依存関係にある」という考えを基盤に、多様な生物が生かし合う生態系を維持し、人を含めた地球全体の健康を実現することを「プラネタリーヘルス」といいます。

 

「プラネタリーヘルス」、聞き覚えがあるようで、恐らくは初めて聞く言葉……概念である。この【次の世代に地球を守るための協働】と名打った研究は、気候変動、生物多様性の喪失、人工知能、高度なバイオテクノロジー、核兵器、大量破壊兵器などを地球規模で壊滅的な影響を及ぼす可能性のあるリスクとしている。
加えて、COVID-19によるパンデミックが動物起源であると考えられることからも、新たな研究課題としているらしい。
「次世代に残すべき健全な地球環境」という働きかけは、決して新しいものでもないし、こんな(社会人として)不埒な私にも十分に共感できる考え方だ。
しかし、そんな風に思ってはみても、実際には時折流れる世界各地の紛争や環境破壊的なニュースを横目に、スーパーに並んだ食品の産地や賞味期限に半ば囚われながら暮らしているのが現状だ。
そう、およそ社会の底辺を構成する私などの考えや行動が及ぶ問題では無い。そんな徒労感が待ち受けるていることを知りつつ懊悩するだけの問題のように思っていた。しかし、本書を読み進めるうちに、そんな考え方自体が児戯でしかないことに気づかされる。

 

「土から離れては生きられないのよ」
『天空のラピュタ』の主人公シータのセリフです。
「土に根をおろし、風とともに生きよう。種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう」という古から伝わる教えを忘れ、偏狭なテクノロジーを妄信したために、文明が滅びたことが伝えられています。
今、人は、土から離れ、コンクリートの箱の中に暮らしています。環境や手肌の微生物を汚らわしいものとして排除することに必死です。
コロナ禍にひと気のない高層ビル群を歩いていると、これらの建物が数十年後にラピュタの城のように荒廃し、生命力のある植物に覆われながら朽ちていく姿が目に浮かびます。
土に触れる生活から、私たちはどれほど遠ざかっているでしょうか。泥んこ遊びの楽しさをどれほどの子どもたちが知っているでしょうか。
今こそ、人は、テクノロジーを破壊ではなく調和のために使いながら、土に触れ、土と共に生きる時です。

 

人間が生物である以上、食をエネルギーに変換して排泄するという循環こそが生命の維持には欠かせないシステムである。
そんな風に考えると、人類はもちろんのこと、およそありとあらゆる生物は、木々や植物までもが、等しくシンプルなシステムの中に命を育んでいる。
私の中には森がある。人体には、森を育む土壌がある。いや、その土壌こそが人体を構成する原初の生命体なのである。
などと分かったように私は文字にしているが、恐らくはまだまだ理解が及んではいない、間違いだらけの解釈に違いない。しかし、それはこの先も本書『腸と森の「土」を育てる』(光文社新書)を何度も読み込むことで補おう。
『腸と森の「土」を育てる』(光文社新書)は、世紀末の流行り言葉と思っていた「次世代に継ぐ地球」を、私自身の起源が森に遡るという大切な物語を知ることで、俄然、自分の問題にさせられる、貴重な、必読の書である。

 

文/森健次

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