自分の身体に向き合うことは、愛の問題をも解決してくれる――ジェニーン・ロス『食べすぎてしまう女たち―「愛」の依存症』

馬場紀衣 文筆家・ライター

『食べすぎてしまう女たち―「愛」の依存症』講談社
ジェニーン・ロス、斎藤学/訳

 

 

私たちは毎日、小さな傷を負いながら生きている。傷の原因は、友人のささいな一言だったり、誰かの心無い振る舞いだったり、親との対立や、欲しかった服が売り切れていたことだったり、さまざまだ。大きなものもあれば、取るに足らないささいなこともある。でも、傷つきたい人なんていない。そして、ストレスのあまり、つい食べすぎてしまう、なんていうのはよくある話だ。

 

食べ物の素晴らしいところは「おいしい」だけではない。食べ物は、私たちから離れていったり、口答えしたり、自分の意志を持ったりしない。ところが人間はそれと正反対だ。見返りを求めるし、ぜんぜん忠実じゃない。男女にかかわらず、食べ物への極端な関心の根底には、友人や家族への信頼、異性への愛情に関する問題がある。というのが、この本の強烈なメッセージ。

 

摂食障害についての講演や著作でこれまで多くの女性たちに寄り添ってきた著者は、「食べすぎてしまう」ことが愛の問題と関係していることを指摘したうえで、自分の心と身体への向き合い方を提案する。薬物依存とアルコール依存症を抱え、虐待癖のある母親のもとで育った著者もまた、摂食障害に苦しんだ一人だ。

 

食べ物は、私たちにとって愛なのだ。だから、空腹でもないのに食べ物を摂ってしまうのには、カロリー計算や運動では説明できない複雑な理由がある。食べ過ぎてしまうのは、信頼や愛情の欠如、性的や身体的虐待、表面化できない怒りや悲しみ、いわれのない差別といった、傷つけられることからの自己防衛と関係があると著者は語る。

 

「食べることは、生きることのメタファー(隠喩)であり、愛することのメタファーでもある」。なぜなら「彼ら(摂食障害に苦しむ人)にとっては、他の人に近づくよりも、体重を減らすほうがいいのです。愛することや愛されることより、自分の身体に関心を向けるほうがいいのです。そのほうが安心だし、苦痛も予測でき、自分で対処することができるからです。」

 

食べ物との屈折した付き合い方は、理想的な美のイメージに踊らされている私たちの悲痛な叫びでもある。ダイエットはきれいになりたい女の子たちのライフワークのようなものだけど、では、痩せたらきれいになれるのだろうか。魅力的な恋人が手に入って、順風満帆な人生を送ることができるのだろうか。

 

著者は、強迫行動から解放されるための第一歩は、現在に踏みとどまることだと指摘する。今の自分を評価し、自分の肉体的、精神的欲望を信じること。そして、喜びを味わう術を自分に学ばせること。自分の心と身体に向き合うことができれば、他人とのあいだの壁も取り払うことが可能だという。

 

そして、自分の身体に向き合うことは、愛の問題をも解決してくれるらしい。ここで語られているのは、単なる友だちや恋人のことではない。自分の最悪の面から目をそむけず、自分をさらけ出し、人を信じ、真剣に異性を愛することだ。そのための勇気をどうやって手に入れたらよいか。混沌とした自分の身体に寄り添うために必要なこととは何か。生き方を問いかける一冊だ。

 

『食べすぎてしまう女たち―「愛」の依存症』講談社
ジェニーン・ロス、斎藤学/訳

この記事を書いた人

馬場紀衣

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文筆家・ライター

東京都出身。4歳からバレエを習い始め、12歳で単身留学。国内外の大学で哲学、心理学、宗教学といった学問を横断し、帰国。現在は、本やアートを題材にしたコラムやレビューを執筆している。舞踊、演劇、すべての身体表現を愛するライターでもある。

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